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<適少社会>縁つなぎ留め浪江残す

分譲宅地の計画地を視察する新町なみえのメンバーと仮設住宅の住民ら。帰還しない浪江町民がまとまって暮らす町外コミュニティーづくりを目指す=二本松市

◎人口減 復興のかたち〔31〕第7部福島の模索(1)新たなまち

 住み慣れた古里に帰りたいのに帰れない。戻れても生活環境が整っていない。東日本大震災に東京電力福島第1原発事故が重なった福島県は岩手、宮城両県とは違う複雑な状況下にある。今も避難区域が9市町村に広がり、約9万4000人が避難生活を送る。賠償格差や除染への不安。さまざまな苦悩とともに帰還か移住かを迫られる。人口急減のまちでどうコミュニティーを築き直すか、新旧住民の融和をどう図るか。模索は続く。(「適少社会」取材班)

 人口約2万1000の町がほどけていく。福島第1原発事故で全域避難が続く福島県浪江町。45都道府県の650近い市区町村に町民が散らばる。事故から5年が過ぎ、避難先に居を構える動きも目立ち始めた。
 切迫感が募る。「町民がまとまって住める場所がないと浪江を忘れてしまう」。町商工会長の原田雄一さん(67)は将来を危ぶむ。
 すぐには浪江に戻れなくても、古里を慕う人が集うまちが欲しい。原田さんら商工会関係者らでつくるNPO法人「まちづくりNPO新町なみえ」は集団移転地の確保へ動いてきた。分譲宅地の造成工事が間もなく始まる。民間主導の新しい古里づくりだ。

 場所は町が仮役場を置く二本松市にある油井大窪地区の2ヘクタール。同町の被災者向けに県が建てる災害公営住宅(200戸)に隣接する。仮設住宅がある安達運動場も近い。1区画70坪(231平方メートル)程度で六十数戸分を設け、店舗用のスペースもある。東京のデベロッパーが造成工事や分譲を担う。早ければ2017年春にも新居で暮らせる。
 NPO理事長の神長倉(かなくら)豊隆さん(65)は「行政頼みにせず、何とかこぎ着けた」と感慨深げ。福島市に約5ヘクタールの移住用地を整備する計画も浮かぶ。
 浪江にいたときの人のつながり、仮設住宅で生まれた縁を大切にできる場所にしたい。まとまって暮らせば、町の祭りや伝統を引き継ぐこともできる。孫子に浪江を残せる。いずれ戻るかもしれない。
 町は帰還困難区域を除き17年3月の避難指示解除を目指し、帰還へ向けた環境整備を進める。「新町なみえのような宅地整備に対する特別な支援は考えていない」と町復興推進課は町の立場を説明する。「せっかく戻れるのに水を差すのか」。町外での宅地整備に批判があることも神長倉さんらは承知する。
 「帰還を妨げる気は全くない。浪江がばらばらにならないために新たなまちが要る。町が残るか残らないか、今が瀬戸際だ」と原田さんは言葉を強める。

 危機感が背中を押す。町民意向調査をみると、避難指示解除後に「戻りたい」と答えた人は13年1月には39.2%いたが、15年9月時点では17.8%に減った。
 古里が求心力を失いつつある。新町なみえは11年夏から、散り散りになったコミュニティーの維持に取り組んできた。盆踊りで再会の場を設けたり、避難先で交流会を開いたりする。そんな愛郷心の強い集団でさえ、当初20人以上いたメンバーが年々減り、よく顔を出すのは5人程度になった。
 神長倉さんは「帰る人も帰らない人も浪江を思えるようにしたい。それぞれの復興はゆっくり考えていけばいい」と、町域にこだわらない新たな浪江の姿を思い描く。「新たなまち」は拠点の一つになるはずだ。

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2016年05月07日土曜日


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