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<適少社会>被災者招き過疎化阻む

NPO法人の事務所となるプレハブの設営を見守る鈴木さん(左)ら。復興タウンづくりへ活動を本格化させる=郡山市西田町

◎人口減 復興のかたち〔32〕第7部 福島の模索(2)受け皿づくり


 人口減と遊休農地の増加に悩む中山間地が、被災者の安息の地になるかもしれない。丘陵に広がる農地を「復興タウン」に造り変えようと、郡山市西田町鬼生田(おにうだ)の住民が動きだした。
 思い描くのは、東京電力福島第1原発事故の避難指示で各地に散らばる被災者が家族一緒に暮らせる街。呼び掛け人の鈴木清一さん(60)は「同じ福島県民としてできることをしたい」と話す。
 構想を胸に県内の仮設住宅を1年前から回り、被災者の思いを聞いてきた。
 会津若松市の仮設住宅では、大熊町の高齢男性が離れ離れになった息子家族の迎えを待ち続けていた。「先にあの世からお迎えが来てしまうな」。寂しげな笑顔が頭を離れない。賠償格差をねたむ視線に耐えかね、避難先に求めた新居を手放した人の話も聞いた。
 鈴木さんは原発を推進する立場だった。東北電力に40年勤め、浪江・小高原発新設計画(浪江町、南相馬市)に携わった。「安全神話を信じていた。別の原発とはいえ、お世話になった皆さんに迷惑が掛かった」。自責の念が突き動かす。

 原発事故で苦しむ人が、気兼ねなく暮らせる場所を提供できないか。
 西田町地区は4386人が暮らす。東日本大震災前から高齢化と人口減が進む。風評被害で農業をやめる人も出てきた。郡山市の人口は2015年国勢調査で33万5608と横ばいだが、農村部の西田町は10年間で1割近く減少した。
 被災者の受け入れは過疎に直面する古里も救うはず。鈴木さんは鬼生田の住民10人と今年2月、NPO法人「原発事故災害者復興タウン鬼生田開発プロジェクト」を設立した。
 「今のままでは鬼生田は先細る。危機感を共有できた」と理事長の本田弘一さん(68)は語る。事務局長の鈴木さんと一緒に地権者に説いて回り、約60人の同意を得て計20ヘクタールの農地を提供してもらえる見通しが立った。そのうち6割は耕作放棄地だった。

 復興タウンは130坪(429平方メートル)の宅地を300区画は用意できる。多世代住宅を建て、庭に菜園を造る余裕がある。問題は造成のスケジュール。予定地は農地のままで、宅地への転用は容易ではない。
 会津若松市の松長近隣公園仮設住宅自治会長の木幡仁さん(65)=大熊町=は鈴木さんと何度も話し合った。「移住を地域挙げて歓迎してくれるのはうれしい」と期待する一方、「早く具体化させないと、遅きに失する」と懸念する。
 「心を大事にした本当の復興を実現するため、行政にも働き掛け、新たな古里づくりを進めたい」と鈴木さん。被災者の生活再建と、過疎化の歯止め。二つの難題に解を導き出そうと、地域再生の種をまく。


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2016年05月08日日曜日


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