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<浜を歩く>緑の恵みをもう一度

小型船がひしめく相馬市岩子の海岸線。ノリ養殖の拠点でもあった

◎岩子(相馬市)松とノリ再生へ全力


<天然の防潮堤>

 防潮堤の先端に立つと、海面にうっすらと白い地面が見えた。「中州」だ。かつて松林に覆われた面影はない。枯死したのだろう。わずかな幹が針金細工のような姿をさらす。
 相馬市の岩子地区。景勝地として知られる松川浦に面する。135戸の集落は東日本大震災の津波被害を免れなかった。半壊以上の家屋が100戸ほど。1人が犠牲になった。
 近くには集落が丸ごとのみ込まれた地域もある。「ここは松林のおかげで被害が抑えられたんです」。地元区長の坂本正美さん(67)が振り返る。
 中州は浦で最大の島となる。場所は岩子地区の真東。震災時、外海から押し寄せる濁流を常緑の木々が受け止めた。まさに天然の防潮堤だ。松林の惨状は、浜を守った証しと言えるのかもしれない。
 国、福島県は一帯で松林の再生に乗り出している。苗木の植え付けが終わるのは2020年。景観が戻るまではさらに、数十年待たねばならない。
 集落の内陸側には200ヘクタール以上の耕作地が広がる。ここも津波に沈んだ。「まるで昔の泥田みたいだった」。近くの農業佐藤紀男さん(66)が教えてくれた。地元の生産組合長を務めている。
 震災翌年に稲作を再開した。土壌改良材を投入し、わずかな土地に苗を植えた。農地復旧は順調に見えるものの、佐藤さんは緑化の進展を気に掛ける。
 「海水や砂が飛散すれば生育に影響する。農業にも松林は欠かせない」

<出荷自粛続く>

 松川浦は国内屈指のアオノリ産地でもあった。農業と並ぶ地域の基幹産業は、東京電力福島第1原発事故の影響で出荷自粛を強いられている。
 以前の状況を知りたくて、漁師の杉目一郎さん(88)を訪ねた。海沿いにあった住まいを解体し、内陸の新居に暮らす。
 ノリ養殖の第一人者が漁場の現状を嘆く。「最盛期となれば見渡す限りの養殖網。畳を敷き詰めたような光景だったんだがなぁ」
 国内でもアオノリの適地は限られる。産地復活のゴールは、まだ見えない。
 出荷こそできないものの、浦の一部には今も網が張られている。「ノリから胞子を出させているんだ。胞子が途絶えれば養殖再開は難しくなるからな」。杉目さんが前を見据えた。
(南相馬支局・斎藤秀之)


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2016年05月08日日曜日


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