福島のニュース

<適少社会>古里の意味 授業で探す

津波の塩害を克服した鈴木さん(左)から話を聞き、田んぼの土に触れる大熊中の生徒。古里の課題解決へ自分なりの答えを探す=4月27日、仙台市宮城野区蒲生

◎人口減 復興のかたち[35]第7部福島の模索(5完)子ども

 古里って何だろう。
 東日本大震災と東京電力福島第1原発事故が発生して5年たつ。生まれ育った地からの避難を強いられた福島県内の子どもは、そんな問いに直面する。
 原発事故前の2010年度、避難区域が設定された県内12市町村の小中学校には1万2364人が通っていた。今年4月現在は小学生2167人、中学生1375人の計3542人。3割弱に減った。避難区域が集中する双葉郡8町村は561人で1割にも届かない。
 過酷な経験を生き抜く力に昇華させ、古里の復興を担ってほしい−。「双葉郡教育復興ビジョン」が13年7月にまとまった。
 14年度には柱となる総合学習「ふるさと創造学」が始まった。テーマは郷土史や産業、未来像など児童や生徒が自ら決める。地元や避難先で話を聞いたり、県外の被災地を訪ねたりして、今は戻れない古里やその復興を考える。多くの問題を抱える双葉郡ならではの教育を目指す。

 帰還困難区域が大部分を占める大熊町の小中学校は「放射線教育を通したふるさと創造学」を続ける。同町の小中学校は11年4月、仮役場を置く会津若松市で授業を再開した。大熊中の生徒は10年度の371人が今、27人だ。
 「放射線は難しいテーマだが、生徒の多様な問題意識と発想からは、逆境に立ち向かう明るさが感じられる」。創造学を担当する教諭の阿部則代さん(46)は話す。汚染された水道をきれいにする方策や県内産品の風評被害をなくすイメージ戦略などを調べてきた。
 今年の課題設定に向け、2年生の10人は4月下旬、津波で塩害を受けた仙台市宮城野区蒲生の鈴木有機農園を見学した。「津波被害をどう切り抜けたのか知りたい。農地除染の参考になるかもしれない」と植村篤史さん(13)が提案した。
 「ヘドロまみれの田んぼを見て、精神的に参った。豊富な栄養分を利用できれば海からの贈り物になると思い直した」。農園の鈴木英俊さん(74)が、努力の末に土をよみがえらせた経験を語り、元気づけた。

 今も双葉郡は5町村で全域避難が続き、避難が解除された地域も帰還が進まない。小中学校を地元で再開したのは川内村と広野町にとどまる。4月下旬、郡山市でふるさと創造学の教員研修会があった。「子どもたちは地元の記憶が薄れ、避難先が古里になりつつある」。発言に現場の苦悩が透ける。
 双葉郡の教育長らでつくる教育復興ビジョン推進協議会の庄野冨士男事務局長(67)は言う。「創造学で掲げる『ふるさと』は地図上のある地域とは限らない。課題解決策を自ら探る取り組みは将来必ず役に立つ。それぞれが思う古里を引っ張ってくれればいい」
 古里とは。問いは続く。(「適少社会」取材班)


関連ページ: 福島 社会 適少社会

2016年05月11日水曜日


先頭に戻る