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<在宅被災者>支援の枠外 置き去り

雨漏りが進み、穴の開いた天井を示す佐藤さん=石巻市針岡

 発生から5年がたち、集中復興期から復興・創生期へ移行した東日本大震災の被災地で、時計の針が止まったまま置き去りにされた人たちがいる。壊れた家屋に暮らし続ける「在宅被災者」の実情を取材した。

●蓄えは底をついた
 雨漏りで腐った天井は、穴が開いて黒カビが発生していた。踏み込むと床板は沈み、サッシの隙間から風が吹き込む。
 無職佐藤与次郎さん(84)は宮城県石巻市針岡地区の木造平屋に1人で暮らす。津波で床下まで浸水。地震で玄関や壁が壊れ、大規模半壊と判定された。
 仮設住宅への入居を勧める親類もいたが、住み慣れた家がいいととどまった。ただ、支援制度を使って着手した修繕は完工に至っていない。
 修繕には200万円ほどあった貯金もつぎ込むつもりだったが、別居する60代の長女が病気を患い、手術が必要になったためだ。術後の薬代などもあって蓄えは底をついた。
 「冬は寒いから服を着込んで寝る。お金があれば直したいが、もう年だし、あとは死ぬだけだからこのままで我慢している」と佐藤さんは話す。

●仮設に入居できず
 石巻市の沿岸部に住む男性(69)は妻(69)と長女(36)の3人で暮らす。床上浸水した自宅の被災判定は全壊だった。辛うじて使える2部屋に家族が身を寄せる。
 収入は年金に新聞配達と漁業のアルバイトで月約15万円。生活するのに精いっぱいで修繕に回す資金はない。壊れた風呂を直せないため週1、2回、銭湯に通う。夏場はぬらしたタオルで体を拭く。
 震災直後は近くの高校に避難したが、家が残っているからと帰宅を促され、震災から1カ月足らずで退去せざるを得なかった。別の避難所は既に満杯だった。
 「仕方がないので被災した家にブルーシートを敷いて生活した」と男性。「一時的に生活するため」と、災害救助法に基づく応急修理制度を利用して自宅を修繕した。後になって応急修理制度を使うと仮設住宅に入居できないと知った。
 男性は「何とか避難所にとどまって仮設住宅に入ればよかった。自宅にいては大事な情報が入らなかった」と今も悔やんでいる。


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2016年05月16日月曜日


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