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<チリ地震津波>「命守る町に」誓い新た

犠牲者に黙とうをささげる佐藤町長(手前左から4人目)と町職員ら

 1960年のチリ地震津波から56年がたった24日、41人が犠牲になった南三陸町は正午に防災無線でサイレンを流し、犠牲者を追悼した。
 役場仮庁舎で町職員が正面玄関に並び、海に向かって黙とうをささげた。当時、志津川小3年だった佐藤仁町長は「必死に逃げた高台で町が壊れていくのを見た。東日本大震災と2回の津波を経験した者として、命を守る町をつくっていかなければならない」と誓いを新たにした。
 南米チリ沖で1960年5月23日、マグニチュード(M)9.5の地震が発生し、24日早朝に三陸沿岸で最大5〜6メートルの津波が襲った。死者・行方不明者は142人に及んだ。
 町は震災前まで毎年5月24日に住民が参加する避難訓練を行っていた。現在は津波防災の日に制定された11月5日直後の日曜に実施している。


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2016年05月25日水曜日


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