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<その先へ>被爆の痕跡 年輪から

スギの切り株のフロッタージュを制作する岡部さん。切られた木の叫びを写し取っているかのようだ=今月上旬、福島県飯舘村

◎美術家 岡部昌生さん=北海道北広島市

 シャカシャカシャカ。
 住民がいない村にオイルチョークで紙をこする音が響く。
 2011年の東京電力福島第1原発事故で全村避難する福島県飯舘村。佐須地区の農家の敷地で今月上旬、美術家岡部昌生さん(73)=北海道北広島市=が「フロッタージュ」に取り組んだ。スギの切り株に紙を置き、チョークでこすって年輪の模様を写し取る技法だ。
 スギは屋敷林の居久根(いぐね)だった。除染に伴い放射線量を下げるため、約160本が伐採された。切り株が無残な姿をさらす。
 「毎時0.70マイクロシーベルト。人は避難できるが、木は動けないからね」。そう話し、力強くチョークを走らせる。
 家主の男性は戦後、満州から引き揚げて荒地を耕した。リンドウ栽培などをしてきたが、原発事故で避難を余儀なくされた。
 男性のたっての願いで、樹齢90年のカシワ1本だけは伐採を免れた。一家を見守ってきたカシワの下に石碑を建て、「被難」と刻むつもりだという。

 岡部さんは男性の話を聞き、頻繁に訪れ、制作に取り組むようになった。
 作品は8月、愛知県で始まる国際芸術祭「あいちトリエンナーレ」に出品する。カシワの樹皮のフロッタージュを囲むように、スギの切り株の作品25点を曼陀羅(まんだら)状に配置。縦横375センチの大作に仕上げる計画だ。
 「男性にとって生活の芯のような存在のカシワと、スギの切り株を別の視点で構成し、命が脅かされたありようを伝えたい」
 北海道出身の岡部さんは都市の記憶の痕跡を擦り取るフロッタージュで知られる。07年のベネチア・ビエンナーレ日本代表になるなど国内外で活躍。東日本大震災後、福島県立博物館(会津若松市)のプロジェクトに参加し、被災地で創作活動をする。
 津波で壊れた防潮堤、干拓記念碑、戦時中に原爆開発で使われた石川町の鉱物採掘場跡…。震災の痕跡や福島の歴史を物語る遺構を紙に写し取った。
 放射能で汚染された樹木のフロッタージュは震災前、ライフワークとしてテーマにする広島の被爆地で作ったのが最初だった。原発事故後、福島に新たな「被ばく樹」が生まれ、飯舘村や大熊町で作品化した。

 沖縄での制作にも力を注ぐ。エネルギー供給地、軍事拠点。それぞれの地域が中央から担わされた役割と、原発事故の被災地や被爆地、戦場になったことは無縁ではないと考える。「三つの地域の出来事はつながっている」と語る。
 震災から6年目に入り、風化が進む。福島県立博物館の川延安直学芸員は「美術は風化にあらがう力を持つ。100年後、岡部さんの作品一つで震災を知る人がいるかもしれない」と言う。
 「作品は小さな断片にすぎない。でも断片だからこそ、想像力を喚起させられる」と岡部さん。美術の力を信じ、福島に向き合い続ける。(跡部裕史)


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2016年05月25日水曜日


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