宮城のニュース

<水産加工団地>津波流失…父の生きた証残す

出席者に「鮭のトロカマ」を振る舞う佐藤さん(中央)

 「東日本大震災で何もかも失った。残ったのは社名だけ。創業者だった父が生きた証しなので、これだけは何としても残したい」。宮城県名取市の閖上水産加工団地が完成した26日、進出企業の一つ、丸七佐藤水産の社長佐藤浩昭さん(51)は秘めた思いを胸に、新たなスタートを切った。
 丸七佐藤水産は震災前、閖上地区に二つの工場と事務所を構えていたが、いずれも津波で流失。基礎部分がむき出しになった建物を見て、佐藤さんは「終わった。もうできない」と思った。
 知り合いの建設会社の手伝いをし、ブロック塀の解体などをして糧を得るようになったが、どうしても体がついていかない。「ここは自分の世界ではない。自分は魚を扱うしかない」という思いが日増しに強くなっていった。
 ただ、工場の自力再建は金銭面から「夢物語」だった。展望が見いだせず、もんもんとしていたところ、名取市が内陸部に復興のための仮設工場団地を造ることを知った。募集に応じて仮設工場で営業し、4年間、懸命に働いた。
 水産庁の補助を受け、震災から5年たってようやく自社工場を手にし、閖上に戻ってくることができた。
 この間、創業者だった父昭七さんが他界した。一方で、長男(26)と次男(21)の2人が後を継ぐと宣言してくれた。
 「普通に経営していてもつぶれる会社はある。自分たちはマイナスからのスタートだが、父のためにも、息子たちのためにも、会社だけは維持していく」
 式典後の交流会で自社製の「鮭(さけ)のトロカマ」を紹介した佐藤さん。サケのカマ部分を独自製法で焼いた自慢の一品を手に、力強く前を見据えた。


関連ページ: 宮城 経済

2016年05月27日金曜日


先頭に戻る