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<道しるべ探して>山地で酪農 まっとうに

トレードマークのバンダナを巻き、完全放牧の牛と若いスタッフに囲まれる中洞さん=岩手県岩泉町の中洞牧場

◎とうほく共創 旅の始まり

 初夏の青空を白い雲が流れていった。野芝のじゅうたん広がる北上山地の牧場から、旅は始まる。
 中洞(なかほら)牧場(岩手県岩泉町)の中洞正さん(63)と年若い仲間たち、そして乳牛90頭が見送ってくれた。
 丘陵地を切り開いた50ヘクタールの牧場に牛舎は、ない。牛たちは365日、自生する野芝や雑草、木の葉をはみ、冬も雪上に暮らす。「山地(やまち)酪農」。中洞さんが1984年から実践する農法だ。

 経済効率最優先の単線を突き進んできた戦後日本。酪農もまた、牛舎で牛を管理し、栄養価の高い配合飼料をふんだんに投与することを最良としてきた。人為的に作出した高脂肪乳を搾り尽くし、余ったら捨てる。
 「牛はまるでミルク製造機。究極にいじめている。それでいて、売っている牛乳パックには放牧のイラストだ。消費者をだましている」。中洞さんにはそう見える。
 中洞牧場の牛たちは、下草を食べて里山を維持しながら子牛を育てる。ちゃんと母牛が子牛に乳を与え、残りを人が頂く。
 無理せず、まっとうに生産した牛乳は、正しい乳白色をしていた。
 720ミリリットルで1188円。通常の5〜8倍という価格にもかかわらず、消費者が飛びつく。全国の百貨店から出展依頼が引きも切らない。
 「最近の消費者は価格だけで選ばない。そうではなく、生産者への信頼みたいなものを見ている」。東日本大震災の後、中洞さんが実感する消費者意識の変化だ。

 牧場には弟子入り志願者が列をなす。昨年は全国から約200人の研修生がやって来た。多くが右肩上がりの時代を知らない20代の若者たち。
 丘のてっぺんで深呼吸してみる。汗水流して働く。生み出した富を分かち合う。若い瞳に牛飼いという仕事は、時代の最先端を行くなりわいと映っていた。
 「こういう連中が世の中を変えるんだ。俺はここで牛と人を育てたい」
 中洞さんの言葉をはなむけに、時代の価値を捉え直す旅の一歩を踏み出そう。



 大震災は、営々と築いてきたこの国の道程は本当に正しかったのかという問いを私たちに突き付けた。誰もがあの時、新しい生き方を打ち立てなければならないと決心した。
 あれから5年。問いへの答えは見つかっただろうか。決心は揺らいでいないだろうか。際限なき成長、大量生産と大量消費、利益至上主義、一極集中が幅を利かせる社会へと、日本は回帰しつつあるようにみえる。
 2017年1月17日、河北新報は創刊120年を迎える。節目の年に「災後」という時代の「道しるべ」を発表したい。これからも東北の人々と歩んでいくために。
 まずは各地に、時代を先取りした生き方を探す。


2016年05月29日日曜日


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