宮城のニュース

<さくら野仙台>地域に根差す大切さ実感

安藤俊(あんどう・たかし)福島大卒。75年丸光(当時)入社。09年さくら野百貨店仙台店店長。13年5月から同店常務取締役店長。63歳。仙台市出身。

 さくら野百貨店仙台店(仙台市青葉区)は6月1日、丸光、仙台ビブレ時代を含め創業70周年を迎える。親会社の変遷や民事再生による再建など曲折を経ながらも、JR仙台駅前を代表する商業施設であり続けた。これまでの歴史や展望を安藤俊店長に聞いた。(聞き手は報道部・山口達也)

 −70周年を迎える。
 「自分が入社したのは丸光時代。その時代からの社員は自分ともう1人しかいない。当時は東北6県に6店舗構えていた。仙台店は駅前の中心商業施設で、食品売り場は東北一だった」
 「他の老舗百貨店は100年以上の歴史がある。当店は戦後創業の後発組。新しいアイデアを盛り込んで成長させるしかなかった。北海道物産展も先駆けとなる1950年代に始めた。当時の先輩は夜行列車などで札幌まで出向き、道庁の認定を取ったと聞く」

 −親会社は変遷した。
 「70年代半ばから(総合スーパーの台頭などで)地方の百貨店は厳しい時代に入った。仙台駅前ではエスパルが開業し、競争が激化した。東北などの他の百貨店と連合を組むなどして対抗してきた」

 −2001年、親会社のマイカル(大阪市)が破綻し、前身の仙台ビブレを運営する子会社「ダックビブレ」も民事再生法を申請した。
 「取引先が商品を引き揚げに来た。決済も現金だけになるなど非常に厳しかった。本当に再建できるのかという思いだった」
 「マイカル子会社の多くはイオン傘下になったが、地域の取引先、日本政策投資銀行などが支援してくれた。長年利用してくれたお客さまの信頼もあり、独立した形で再出発することができた。地域に根差すことの大切さを実感させられた」

 −今後の営業戦略は。
 「3月にエスパル仙台東館が開店し、7月にはパルコ2のオープンが予定される。仙台駅前は若者向けの商業施設が活況を呈している。仙台駅前唯一の百貨店としての強みを生かしていきたい。H&Mなど若者向けの店をやりつつ、主力のシニア層向け商品を強化し、差別化を図っていく」
 「気軽に立ち寄ってもらう環境が大事だ。人と人との関係で、きちんとした接客を心掛け、親しみのある店づくりを心掛けたい」


関連ページ: 宮城 経済

2016年05月31日火曜日


先頭に戻る