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山の學校思い出尽きず 亡き運営者しのぶ

藤原さんの生前の写真を囲んで記念撮影する「生徒」たち

 秋田市河辺で野外活動の拠点施設「あきた山の學校(がっこう)」を運営していた山岳ライター藤原優太郎さんが逝ってから1年を迎えたのに合わせ、學校の「生徒」ら50人が29日、施設に集まり故人をしのんだ。
 藤原さんは1943年、旧河辺町(現秋田市)生まれ。施設運営の傍ら、東北の山や街道に関する本を執筆。昨年5月8日に71歳で死去した。
 太平山の麓にある山の學校は、藤原さんが河辺町青少年自然の家の建物を譲り受けて2005年6月に開校した。藤原さんは県内外の山で、學校の会員を対象に登山ガイドを務めたほか、施設では星座観察会や音楽会なども開いた。
 29日は山登りなどで親交のあったかつての会員らが参加。施設付近の山を散策したり、食事をしたりしながら当時の思い出を語り合った。県職員林栄美子さん(45)=秋田市=は「おととし11月に北秋田市の森吉山を一緒に登った。読書家で、地域の歴史など多様なジャンルに詳しい人だった」と話した。


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2016年05月31日火曜日


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