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<道しるべ探して>芭蕉の旅に神秘と憧れ

友人と歴史談義に興じながら芭蕉の道をたどる山口さん(左)=山形県最上町堺田

◎とうほく共創 第1部気付き(下)いにしえの道

 「俳聖」松尾芭蕉が327年前に旅した道を今、欧米人の一行がゆく。松島(宮城)、平泉(岩手)、羽黒山(山形)と見どころを10日かけて踏破する。
 香港資本の旅行会社が仕掛ける外国人向け「おくのほそ道」ツアーは、東日本大震災の翌2012年に始まった。
 家の前の生活道路やうち捨てられた杣山(そまやま)の道が海外の俳句ファンには、一生に一度は訪れたい憧れの旅路になっている。
 「西洋人は『おくのほそ道』が日本文学の最高傑作だと知っているからね。東北の人も歴史を意識しながら生きると面白いのに…」
 ツアーの盛況を山形県最上町で旅行会社を経営する山口スティーブさん(56)は、歯がゆい思いで見送るしかなかった。

 米カンザス州生まれ。オクラホマ州立大とスタンフォード大大学院で「日本」を学んだ。「少ない言葉で深い意味を表現する俳句の神秘的発想に西洋は憧れる」
 東大大学院に留学し、そのまま東京の大手商社に就職。最上町にある建設会社の一人娘と出会った。「日本人になって会社を継ぐこと」という条件で結婚し、1994年に日本国籍を取得した。
 最上弁が分からない。山菜や川魚が口に合わない。学生時代に親しんだ「おくのほそ道」を訪ね歩くことで少しずつ「この町、いいな」と思えるようになっていった。
 約束通り会社は継いだものの小泉改革で公共工事が激減し、方向転換を余儀なくされた。2007年に会社を清算し、ひそかに企図していた旅行業に乗り出した。

 最上町にも歴史に埋もれた芭蕉ロードがある。<蚤虱(のみしらみ)馬の尿(ばり)する枕もと>と詠んだ封人の家から山刀伐(なたぎり)峠に続く約10キロの道のりだ。
 芭蕉の旅を追体験するツアーを始めたのは、山口さんの方が先だった。「芭蕉は江戸から消えた風景やにおいを感じたくて、道の奥にある東北へ来たはず」
 草をかき分け、かがんで沢水を飲み、桑の実を頬張る。おくのほそ道英訳版を自ら誦(しょう)じ、地元の人に尺八や琴を奏でてもらうのがスティーブ流の演出だ。
 熟年層に人気だった芭蕉ツアーは震災で休止せざるを得なかった。この5年間は、ボランティアを被災地に送り込むツアーの方が大事だった。
 「芭蕉の旅も今年には再開させたい。それが自分のアイデンティティーだと思うから」。青い目の東北人が自らを鼓舞する。


2016年06月01日水曜日


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