岩手のニュース

<三陸沿岸道>高台の道 ルートに活用

高台の三陸沿岸道路を目指し、避難階段を上る普代小の児童=岩手県普代村

◎岩手復興 大動脈北へ(14)避難の活路

<108段駆け上がる>
 「大津波警報が発令されました。直ちに避難してください」
 アナウンスが流れると、子どもたちが一斉に校舎から飛び出した。目指すのは、海抜38メートルの場所にある三陸沿岸道路の普代道路(4.2キロ)だ。
 岩手県普代村の普代小で4月に津波避難訓練があった。全児童111人が隣接する普代中のグラウンドを抜け、沿岸道路につながる避難階段を駆け上がる。
 「あともう少し」「頑張って」。子どもたちに教員が声を掛ける。階段は全長45メートルで108段。避難は6分半で完了した。
 普代道路は2013年10月に開通した。避難階段は東日本大震災の教訓を踏まえ、設計段階で新たに加えられた設備だ。
 階段整備前の避難ルートは、まず学校前の村道に出なければならなかった。そこは震災の津波浸水域。川も近く危険が伴う。
 同小の鎌田和也校長(59)は「避難階段があることで、危ない場所を避けることができるようになった。沿岸道路に出れば、車で次の避難先にも行きやすくなる」と話す。
 階段を使った避難訓練は毎年4月の恒例行事。同小は在校中に加え、登下校の途中といった場合も想定し、児童が状況に応じた避難行動を取れるよう実践を重ねていくという。

<普段の備え大切>
 震災発生時、高台の国道45号につながる避難階段を使い、子どもたちが素早く避難できた事例があった。岩泉町の小本小だ。
 地震直後、校長が学校裏にある階段を使った避難を指示。校内にいた児童86人全員が国道にたどり着いた十数分後、校舎1階は津波にのみ込まれた。
 当時の太田勝浩校長(56)=現盛岡市津志田小校長=は「階段を上れば最短ルートで避難できる。階段があるから大丈夫という安心感があり、慌てずに行動できた」と振り返る。
 現在、内陸に再建された小本小は当時、海岸から600メートルの津波浸水想定区域にあった。避難はいったん海寄りの道に出て、国道を目指さなければならなかった。階段は町が国に整備を要望し、09年に完成。避難時間は5〜6分短縮された。
 「年1回の階段を使った避難訓練を欠かさず、児童には逃げる大切さを呼び掛け続けた。普段の備えがあったからこそ想定通りに行動できた」と太田校長。施設整備とともに防災意識の醸成が鍵になることを身をもって経験した。
 岩手大地域防災研究センターの南正昭センター長(地域防災)は「災害に耐え得る自動車道を避難ルートに生かし、避難計画に反映させることが重要だ。沿岸道路のような施設を拠点にした避難訓練は欠かせない」と指摘する。


2016年06月02日木曜日


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