岩手のニュース

<道しるべ探して>公的生き方 豊かで幸せ

内山節(うちやま・たかし)1950年、東京都生まれ。70年代以降、東京と群馬県上野村を行き来する暮らしを実践。2015年3月まで立大大学院21世紀社会デザイン研究科教授。NPO法人森づくりフォーラム代表理事。近著に「半市場経済」(角川新書)。

◎とうほく共創 第1部気付き 哲学者・内山節氏に聞く

 日本人の価値観が変わり始める雰囲気は20年ほど前からあった。水面下で渦巻いていた暮らし方、生き方を土台から変えたいという欲求が東日本大震災で一気に噴出した、というのが本当のところではないか。
 終戦と同時に「公のために生きる」ことを捨ててしまったのが日本人だった。自分のために生きなければ損だという風潮を、高度経済成長が後押しした。生き生きした個人が自立して市民社会をつくるのだと。
 結果はどうか。実は、あまり幸せでない社会になってしまった。個人的生き方は孤立を招く。絶えず経済的不安にさらされる。何かを根本的に間違えてしまったなと感じている人は多かった。
 そこに起きたのが震災だ。国や行政は頼りにならず、自分たちで「公の回復」に取り組まざるを得なかった。実際にやってみると、公的生き方の方が豊かで幸せだと気付いてしまった。
 戦後を先導してきた価値の一つ「科学」も福島第1原発事故で化けの皮が剥がれてしまった。そんなものより人の思いやりや優しさの方が高度に機能すると分かってきた。

 人と人が結び合って生きる社会へと「伝統回帰」が胎動している。会社の理不尽なしがらみを我慢ならないと感じる若い人たちが、お金ではなく関係性を志向している。
 現在は働く人の約4割が非正規雇用になってしまった。月収は15万円ぐらい。格差は問題だが、半面、工夫すれば15万円で暮らしていけるという事実をさらけ出した。田舎は人間関係さえしっかりしていれば15万円もいらない。
 東北に拡大するソーシャルビジネス(社会的事業)も伝統回帰の文脈上にある。もともと日本経済は社会的使命を念頭に産業を興してきた。電力会社も始まりは地元資産家が資金を出し合って作った地域電力だ。
 それが明治以降は、国策や財閥形成でもうけるだけの企業が増えてしまった。ソーシャルビジネスは「社会性を持たない経済」が形作られる以前の姿にもう一度戻そうとする動きだ。

 連載「道しるべ探して」は、山地(やまち)酪農を実践する中洞(なかほら)牧場(岩手県岩泉町)の物語から始まった。自然が許容する範囲内で行動し、生きていくことが今、「価値」になり始めている。
 津波にのまれた三陸沿岸の巨大防潮堤はあまりに無残だった。自然を抑え込むより、自然と共存した生き方に転じるべきだと日本人は再認識させられた。
 消費者は「信頼できる関係性」に価値を見いだすから、中洞牧場の牛乳は高くても売れる。逆に中国製食品を敬遠する人が多いのは、時々不祥事が起きるような関係性を信頼できないからだ。
 震災の風化が言われるが、本当だろうか。確かに被災地へ支援に行く人は減ったが、社会をつくり直そうと思う人はむしろ拡大、拡散していると捉えるべきではないだろうか。


2016年06月02日木曜日


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