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<リオ五輪>亀山悔いなし 体操人生一段落

競技後の表彰式に出席した亀山選手。贈られた銀メダルは左のポケットにそっとしまった

 5日に東京・国立代々木競技場であった体操のリオデジャネイロ五輪代表を決める全日本種目別選手権。あん馬一本で五輪代表を狙った亀山耕平選手(27)=徳洲会、仙台大出=は惜しくも2位に終わった。「今の実力はちゃんと出た」。涙で潤む瞳が胸元の銀メダルよりも輝いた。
 演技を終え、表示された点数は15.800。場内から割れんばかりの拍手を浴びたが、本人の胸の内は違った。五輪代表を勝ち取るため、徳洲会の米田功監督が想定したのが16.500点。「審判を感動させる強烈な演技でなければ無理」という高得点をたたき出すための最後の勝負だった。
 「あん馬は素材ありき。生まれ持ったものがないと難しい」(米田監督)。「体操王国」日本が唯一、五輪で頂点に立っていない種目だ。「僕にはこれしかない」。亀山選手の気持ちがぶれることはなかった。
 日本の体操の歴史を振り返れば、6種目をこなせる「オールラウンダー至上主義」と感じていた。しかし、「時代の流れが変わり、僕はばっちりと合っていた」。2013年の世界選手権。亀山選手があん馬を制し、当時高校生の白井健三選手(現日体大)が床運動で頂点に立った。スペシャリストがスポットライトを浴びるようになった。
 今年の正月。仙台に帰省した亀山選手は家族に五輪に行くと約束した。「悔いはない。体操人生、取りあえず一段落つけたかな」。元世界王者の挑戦が終わった。(東京支社・剣持雄治)


2016年06月06日月曜日


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