山形のニュース

<この人このまち>自然と共存 ヒント発信

庄司樹さん

 東日本大震災を機に、東京から山形県大江町にUターンした庄司樹さん(34)。林業に携わる傍ら、市民団体so−tennen(そうてんねん)の代表を務める。ワークショップなどを通じ、自然に寄り添う暮らしのヒントを発信している。(山形総局・阿部萌)

◎so−tennen代表 庄司樹さん(34)

 −なぜUターンを決めたのですか。

 「映画が大好きで、15年ほど、東京などで映画関係の仕事をしていました。震災の時、インフラが断たれれば食べ物はなく、お金は紙切れになってしまう東京の暮らしに不安を覚えました。大江町なら山にある山菜を食べて生きていける。いつか地元に帰ろうと思っていましたが、震災で気持ちが固まりました」

 −活動を始めた経緯は。

 「2011年4月に実家の庄司林業に入社し、翌年、地域おこしをしようと団体を設立しました。映画の助監督をしていたので、この地域を魅力的に見せて人を増やせればいいなと考えていました」

 「でも林業をする中で、次第に考えが変わりました。今は、捨てられてしまう木材を利用する仕組み作りをしたいと考えています」

 −活動状況は。

 「地域おこし協力隊員の女性らと計4人で、ワークショップを年に数回開いています。山でクロモジやタムシバの枝と葉を集めてアロマオイルを作ったり、まき割りして木琴を作ったりします。参加して興味を持ち、日常生活で木工製品を使う機会が増えたと言ってくれる人もいます」

 「病気で枯れたナラを使ったちょうネクタイなどオリジナル商品の開発や、ハンモック型のテントで楽しむ『空中キャンプ』など催しの企画もしていますよ」

 −山や林業とは、どういった存在ですか。

 「若いころは林業に興味がなかったんです。でも、今の仕事を始めてから、自然に寄り添うことの重要性に気付きました」

 「一昔前まで、山は暮らしの糧であり財産でした。人と自然は切り離せません。できる範囲で遠慮をしながら、共存していくことが大切だと思っています。団体名には『天然に添う』という思いも込めています」

 −今後の抱負は。

 「木を使った文化づくり、自然に寄り添う暮らしの演出に取り組んでいきたいです。地元の木材で店舗兼住宅も建てたいですね。活動は一生続けるつもりです。実は、大江町で映画を撮る構想も温めています」

[しょうじ・いつき] 81年山形県大江町生まれ。左沢高を中退。映画助監督を経て、家業の庄司林業に就職。現在は総務課長。


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2016年06月06日月曜日


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