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<適少社会>農家のありのまま 共有

支え合いの輪が広がった苗箱洗い。白石さん(右)と首都圏から参加した消費者が和やかに語らう=いわき市小川町

◎人口減 復興のかたち[49]第10部ヨソモノの力(5)「親戚づくり」

 東京電力福島第1原発事故による風評被害で取引先と関係が途切れた。売り上げは4割落ち込んだ。
 白石長利さん(35)は、福島県いわき市小川町地区で無農薬・無化学肥料農業に取り組んできた。夏井川沿いに豊かな農地が広がる小川町は、原発事故で全域避難した楢葉町や川内村と接する。
 「ただ作ってお金をもらう農家じゃだめだ」。深刻な風評被害を乗り越えようと、東日本大震災の3カ月後から、消費者と「親戚」のような関係づくりを始めた。
 力を入れたのが、被災地の農家のありのままを伝える情報発信。フェイスブックに、トマトの定植や収穫、ニンジンの種まきなどを書き込み続けた。
 「食べてみたい」「畑に行ってみたい」。農作業に寄せられる関心がうれしかった。情報交換から一歩進めて2014年夏、消費者が作付け前に代金を前払いし、生産者を支える地域支援型農業(CSA)に取り組み始めた。

 1.5ヘクタールの畑でニンジンやキャベツ、ブロッコリー、ネギ、里芋などを、3ヘクタールの水田でコシヒカリを育てる。1万円なら年3回、2万円なら年6回、箱いっぱいに旬の農産物が届く。
 会員は首都圏を中心に45人。休日には白石さんの農場に遊びに来る。収穫や箱詰めを手伝ったり、交流会に参加したりする。汗を流す白石さんの姿、作物を育むいわきの風景を知ることで、コメや野菜のおいしさがより引き立つという。
 埼玉県所沢市のデザイナー関口雅代さん(40)は、被災地の農家支援ボランティアを通じて白石さんと知り合った。13年11月、心筋梗塞で父を亡くした。その数日後、白石さんが焼香に来た。2週間後、落ち込む母の元に野菜が届いた。「親戚のような関係ってこういうことなんだ」。何げない気遣いに涙がこぼれた。

 5月28、29両日、白石さんの水田で「苗箱洗い交流会」があった。忙しい田植え時期、少しでも協力できないか。白石さんと会員たちがフェイスブックなどで話し合い、人手が必要な苗箱洗いをすることにした。
 東京や神奈川から13人が駆け付けた。水路に腰を下ろし、会話を楽しみながら泥の付いた苗箱をたわしで洗う。2日間で450箱の泥を落とした。
 15年国勢調査でいわき市全体の人口は10年調査から2.1%増えたが、小川町地区は4.7%減った。離農も進む。一方で、人間関係が希薄な都会から、失ったものを探すかのように人が地方を訪れ、活力を補う。
 かつて田植えは、親戚が集うにぎやかな一大行事だった。「苗箱洗いが小さいころの楽しい思い出に重なった。弱い部分を助けてもらうことで消費者とのつながりも深く強くなる」と白石さんは手応えを語る。
 交流会には地元からも農家やシェフらが加わった。白石さんの「親戚」は地域の内外に増え続ける。


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2016年06月07日火曜日


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