福島のニュース

<避難解除>山菜採りに帰りてぇなって思う

思い出を語りながら木工作品を手掛ける大槻さん

 東京電力福島第1原発事故に伴う避難指示は福島県葛尾村に続き、川内村と南相馬市でも解除される。希望者全員が帰還できるわけではない。空間放射線量が高い「帰還困難区域」は残り、一部住民は先の見えない仮の暮らしが続く。立ちすくむ毎日に、望郷の思いを募らせている。
 原発事故がなければ、色鮮やかに咲いていた。
 「あれからさらに雑草が生い茂り、もう花はなくなっちまった」
 大槻勇吉さん(67)がシバザクラの写真を眺め、つぶやく。事故翌年の5月、葛尾村の自宅周辺で撮影した。
 自宅は帰還困難区域にある。除染は手付かずで田んぼは柳が生えて荒れ放題。近くて遠い古里を思い、三春町の仮設住宅に暮らす。
 帰還困難区域を除く村の大部分は今回、避難指示が解除された。「なんだか雲の上から眺めているような感じだな」。自宅に戻れない大槻さんは実感がない。
 「でも、将来は村に戻ろうと考えているんだ。だって、家があるんだから」
 同区域の野行地区33世帯の行政区長を務める。「戻ると言い続けなければ、除染されないだろう」。区長会では「いつ除染されるのか」と村に訴える。
 3年半前、木工細工を始めた。仲間が集う仮設住宅内の工房で手を動かす。
 「村のことを毎日考えていると、ストレスがたまっちまうからよ」と笑う。原発事故前は林業に従事していた。「木の香りはいいもんだ」。自作のパイプでたばこをゆっくりと吸う。
 仮設暮らしも5年。「もう帰れないのか」「帰ってもいいかな」「将来解除になっぺか」−。気持ちは度々、上下する。
 「この季節になるとどうしても思い出して、山菜やキノコを採りに村に帰りてぇなって思うんだ」
 今は、いつか古里に戻れると信じている。(郡山支局・吉田尚史)


2016年06月12日日曜日


先頭に戻る