福島のニュース

<避難解除>先祖の土地荒れ放題にできない

自宅につながるゲートを開ける佐山さん

 東京電力福島第1原発事故に伴う避難指示は福島県葛尾村に続き、川内村と南相馬市でも解除される。希望者全員が帰還できるわけではない。空間放射線量が高い「帰還困難区域」は残り、一部住民は先の見えない仮の暮らしが続く。立ちすくむ毎日に、望郷の思いを募らせている。
 自宅につながる道路を国の金属製ゲートがふさぐ。出入りのたびにダイヤル式の錠前を解除しなければならない。頻繁には来られないから、番号を忘れないよう車にメモを置いている。
 南相馬市小高区の佐山梅雄さん(58)。市内唯一となる帰還困難区域の住民だ。生家はゲートから林道を4キロ入った先にある。今は同市原町区の中古物件で81歳の母と暮らす。
 避難指示解除の決定は新聞報道で知った。「うらやましさとか焦りとか、特に感情はなかったな」
 かつて全国の原発を渡り歩き、機械補修などを手掛けた。放射線や防護策の知識は豊富だ。「空間線量は簡単に下がる水準じゃないのは分かっている」。帰還を諦めてはいない。でも、希望を持つほど楽観的にはなれない。
 年に数回、敷地の手入れをしている。線量計の警報が鳴り続けるが、「先祖が切り開いた土地を荒れ放題にはできない」。汚染物質の拡散を防ぐため作業時の服は持ち帰らない。車内で着替えて帰路に就く。
 6月上旬、久しぶりに自宅を訪れた。ネズミの仕業だろうか。壁の断熱材がぼろぼろにされている。ハイキングコースとしてにぎわっていたはずの山林は静まり返っていた。
 「小学校の通学は山道を片道1時間半。大変だと思ったことはなかったよ」。夏になれば林道はすぐに雑草で覆い尽くされる。思い出の地につながり続けるために、次回は草刈り機を持参するつもりだ。(南相馬支局・斎藤秀之)


2016年06月12日日曜日


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