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<内陸地震8年>崩れた橋 語り継ぐ

折れた橋桁を示しながら地震の被害を伝えるいわいの里ガイドの会のメンバー(右)

 岩手・宮城内陸地震は14日で発生から丸8年を迎えた。マグニチュード(M)7.2の地震が発生、激震に見舞われた宮城県栗原市の栗駒山麓では大規模な地滑りや土石流が相次ぎ、緑まぶしい初夏の風景を一変させた。23人が犠牲になった大規模災害だったが、東日本大震災の発生などにより、内陸地震の記憶は地元でさえ薄れつつある。内陸地震をいかにして後世に伝えるか。市は地滑りによる大規模崩落地を中核的地形と位置付け、栗駒山麓ジオパークとして防災教育に活用するなど伝承活動に取り組んでいる。

◎「いわいの里ガイドの会」観光客へのPR方法模索

 「あの日、地面がぐぐっとずれました。距離にして11メートル。結果が『あれ』です」。渓谷に向かって突き刺さるように折れ曲がった橋桁を前に、観光客はしんと静まり返った。
 内陸地震の震源から南約1.5キロに位置する岩手県一関市厳美町の旧祭畤(まつるべ)大橋。かつてない規模の地滑りで橋台と橋脚が崩れ、付近の道路も地割れでずたずたになった。記憶を伝承しようと市は2011年、橋と道路を災害遺構に認定した。
 程なくして地震の語り部を始めたのが「いわいの里ガイドの会」だ。元々は地域の伝統・文化を伝える組織だったが、内陸地震を機に自然の脅威を語り継ぐ必要性を感じ、メンバーが独自に勉強を重ねながら被災箇所を案内している。
 だが意欲とは裏腹に、観光客からの引き合いは少ない。集落の文化を学ぶ周遊コースは年間30件以上のガイド要請があるのに対し、遺構をたどるコースはわずか2、3件。予約時に案内を薦めても、反応は芳しくないという。
 斎藤三郎会長(73)は「東日本大震災の発生後は津波被害の大きさに目が向き、山の恐ろしさが過去のものになっているのかもしれない」と残念そうに語る。
 関心を高めようと、市もPRの在り方を模索している。昨年秋に奥州市と一関市をつなぐ市道が開通して交流人口が増えていることを受け、栗駒山や胆沢ダムといった人気の高い観光資源と遺構を結ぶコースを設定。県外への情報発信の手法も改めて検討する。
 市の担当者は「あの橋は8年前の災害を一目で伝える力を持っている。多くの人に足を運んでもらうため、何とかアイデアを打ち出していきたい」と話す。


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2016年06月14日火曜日


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