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<適少社会>国任せより現場の知恵

帰還困難区域のゲート前で原子力災害の現状を学生に説明する溝口教授(左)。村再生の「応援団」育成にも力を入れる=11日、福島県飯舘村長泥

◎人口減 復興のかたち[56]第11部答えの在りか(6)未来の自治体

 人口減対策の知恵の種が、石破茂地方創生担当相のお膝元で芽を出した。
 今年2月、鳥取県日野町は全国初の「ふるさと住民票」の交付を始めた。住民登録のない町出身者らに古里に関わり続けてもらうのが狙い。登録者には町広報誌が届き、パブリックコメントに参加できる。
 日野町の人口は2015年国勢調査で3273。宿場町として栄え、1950年の9543をピークに減り続ける。「ふるさと住民票は人口減少に立ち向かう救世主になる」。景山享弘町長(73)は当面300人の登録を目標に掲げる。
 これまでに関西などに住む町出身者ら52人が登録した。その一人、鳥取県米子市のそば店経営田貝守さん(73)は高校卒業と同時に日野町を離れた。「特産のアユが減った。取り戻す方法を考えたい」と古里への提言に意欲を見せる。
 2000年の鳥取県西部地震で日野町は住宅の4割が全半壊した。人口流出の危機に直面したが、国の対応は冷たかった。鳥取県は01年、町と財政負担して独自に住宅再建補助制度を創設。人口流出を抑えた。後出しじゃんけん。国が同じ支援制度を法整備したのは、6年後の07年だった。
 そして、ふるさと住民票。人口減の危機感をあおるばかりの永田町や霞が関の関心は薄い。「国で考えたメニューにないものは興味ないんだろう」。景山町長は感覚のずれを嘆く。

 ふるさと住民票の構想は、日野町のほか福島県飯舘村など全国7市町村の首長らが15年8月に発表した。きっかけは東京電力福島第1原発事故で全村避難を強いられた飯舘村の菅野典雄村長(69)が提唱した「二重住民票」だった。
 避難先と避難元双方への住民登録を求めたが、国は課税や選挙を理由に難色を示した。次善策が法に基づかないふるさと住民票だった。交付対象は東日本大震災の被災者や原発事故による避難者を支えるボランティアらも想定する。菅野村長は「村のふるさと住民票は構想段階だが、村の再生には応援団の力が重要になる」と実現に意欲を示す。
 NPO法人「ふくしま再生の会」(東京)は11年6月から毎週末、飯舘村を訪れ、放射線量測定や健康ケアなど住民とともに村再生の道筋を探る。理事の溝口勝東京大大学院教授(56)も月2、3回通い、農地除染や試験栽培、大学生の災害学習に力を入れる。
 11日は東京大とフェリス女学院大の学生15人の村内見学に同行した。帰還困難区域のゲート前で学生たちに語り掛ける。「僕らは当事者ではない。でも、地域の人たちのためになることを考えてほしい」

 飯舘村の15年国勢調査人口は41。全村避難で高齢者施設入所者だけが計上された。原発事故前の10年調査人口は6209。人口が少なくても豊かな村にしようと、住民の行政参画は活発だった。全20集落ごとに地域づくりの行動計画も策定した。避難先の福島市にコーヒー店を再建した市沢秀耕さん(62)は「行政との関係が薄れた。もっと話し合う場が欲しい」と、以前の村の姿に思いをはせる。
 政府は15日、帰還困難区域を除く村の避難指示を17年3月末に解除すると発表した。避難住民が抱える事情はさまざま。帰りたい時期も異なる。古里再興の参政権を保障しないまま、住民票を移すか残すか選択を迫ることになる。
 自治体政策が専門の今井照福島大教授(63)は、ふるさと住民票が二重住民票の実現に風穴をあける可能性を示し、「国を動かすには福島の人たちが声を上げる必要がある」と説く。
 石破担当相が記者会見や会合でよく口にする。「知恵は現場にある」。二重住民票は、その典型だ。


2016年06月20日月曜日


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