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<その先へ>作品も人も集う場に

丘の上の店で、自作の麻ひもバッグを手にする吉田さん

◎手芸品店主 吉田由美子さん=福島県田村市

 丘の上に小さなログハウスが立つ。福島県田村市の山あい。木漏れ日が柔らかい。
 吉田由美子さん(56)が4月に開いた手芸品店。東京電力福島第1原発事故で福島県浪江町での暮らしを奪われ、避難生活を経て構えた新居近くにある。
 「散り散りになった人が顔を合わせる。少しでも気が晴れる場所にしたい」。「Iyanbee(いやんべえ)」。浪江の言葉で「いいあんばい」を意味する店名に願いを込めた。
 余った布を活用したバッグや、猫をかたどった小物、陶芸品。店内にある300点以上のうち自作品は多くない。ほとんどは作家仲間の作品だ。
 全国に避難する町民らが来店し「私も作品を置いていい?」と聞いてきた。「いつの間にか、こんな具合」。予想もしない反響の大きさに声が弾む。
 第1原発が立地する双葉町で生まれ、23歳で山あいの浪江町室原地区に嫁いだ。家族8人。のどかな暮らしだった。

 原発事故で全てが変わった。室原地区は高線量の帰還困難区域に指定され、一家は新潟県上越市へ。田村市に落ち着く前には福島県郡山市にも身を寄せた。
 日常を失った一方、上越市では、今と未来につながるきっかけを得た。
 アパートの隣人が頻繁に食事を持ってきて、町内会の花見に誘ってくれた。温かさが身に染みた。「恩返しがしたい」。2年を経て郡山に引っ越す間際、再生紙でバッグを作り、近所の人に贈った。
 「心がこもっている。ありがとう」。喜ばれたことで手芸にさらにのめり込み、開店の夢が芽生えた。
 丘の上の手芸品店は着実に成長を重ねている。
 浪江町が住民に配ったタブレット端末を使い、自作バッグの写真を投稿するなど、積極的に情報を発信している。「作品に生かしてほしい」と着物を持って立ち寄る町民が増えた。
 今はその着物のリメークに熱中する。バッグや帽子を作ったが、手元にはまだ100着近く残っている。
 「避難先で手狭だからと譲ってくれた人もいる」。思い出が染み込んでいるようで「はさみを入れるときは緊張してしまう」

 浪江町は帰還困難区域を除き、来年3月の避難指示解除を目指す。だが、町民はまだ十分に将来を見通せない。そんな不安を抱えた人たちが「ここは浪江の風景と似ているね」と言ってくれる。
 だからこそ、丘の上で待つ。「同じ境遇の人たちが悩みを打ち明け、思う存分しゃべりに来てほしい」
(高橋一樹)


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2016年06月29日水曜日


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