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<参院選1票事始め>古里復興を託したい

アルバイト先の整骨院でストレッチの練習に励む牧野さん(左)。「施術を通じ、人を笑顔にしたい」と話す=25日、石巻市中里4丁目

◎18歳選挙権/専門学校生 牧野陽紗さん=石巻市雄勝町=亡き母の思いを胸に

 「うめー」。ばあちゃんの自家製みそで作ったみそ汁は最高だ。煮干しのだしが効いている。古里・石巻の味だ。食卓が1人でなければもっとうまいのに…。

<仙台で疎外感>
 牧野陽紗(ひさ)さん(19)は今年4月、仙台市宮城野区で1人暮らしを始めた。専門学校に通い、柔道整復師を目指している。
 マッサージで体と心を癒やし、人を笑顔にしたい。目標を持ってスタートしたはずの仙台暮らしは、序盤から違和感だらけだ。
 宮城野区のアパート周辺や通学路、買い物に行く青葉区一番町の商店街。人と物があふれる100万都市・仙台の中心部に東日本大震災の痕跡は見当たらない。
 同級生と震災を語り合うことはない。「風化?」「人ごと?」。大震災がもたらした悲しみ、痛み、苦しみを誰とも共有できない。疎外感を抱く。
 「うちのお母さんが…」。何げない同級生の一言に心がささくれ立つ。「やめて」と声を荒らげそうになる。自然と地元出身者と過ごす時間が増えた。

<皆ばらばらに>
 生まれ育ったのは石巻市雄勝町。市雄勝病院の事務職員だった母まり子さん=当時(40)=は大津波にのまれ、亡くなった。病院では母を含め職員24人と患者40人全員が死亡・行方不明になった。
 母は一度、避難したのに「患者さんが残っている」と病院に戻った。沖に流され助けを待つ間、「眠らないで」と同僚を励まし続けた。奇跡的に助かった元同僚らの証言を人づてに聞いた。
 「お母さんらしい」。面倒見の良い母を思い出し感心する半面、「同じ状況で自分にできるだろうか」と自問する。
 津波で実家が流され、家族は内陸にある石巻市桃生町に移った。親戚のような濃密な関係を築き上げてきた隣近所は皆ばらばらになった。

<人口4分の1>
 2015年の国勢調査によると、雄勝地区の世帯数は10年に1514だったのが、3.11を経た5年間で433に激減した。人口も約4分の1の1017になった。最大被災地と呼ばれる石巻市で、雄勝地区の被災が際立つ。
 毎夕、無言でアパートの鍵を開ける。1人暮らしの寂しさを紛らわせるため、真っ先にテレビをつける。
 画面に映し出された見覚えのある風景にくぎ付けになった。参院選宮城選挙区に立候補している候補者が古里で街頭演説している。政治はよく分からない。政治家の顔と名前もまだ一致しない。
 ただ、投票の基準ははっきりしている。古里復興に一番、真剣なのは誰か−。生きたかった母の思いを胸に初めての1票を投じる。(報道部・千葉淳一)


2016年06月30日木曜日


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