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青函連絡船爆撃の被害者を追悼 記憶語り継ぐ

慰霊碑に折り鶴をささげ、鎮魂と平和を祈る戦災遺族ら

 1945年7月14日、米軍の爆撃により青函連絡船12隻が被害を受け、多数の犠牲者が出た悲劇を伝え、追悼する集会が14日、青森港(青森市)の慰霊碑前で開かれた。
 青森県内の遺族ら約20人が参加。主催した青森空襲を記録する会の今村修会長は「全てを焼き尽くす戦争を繰り返してはならない。子々孫々にわたって戦争の記憶を語り継ぎたい」とあいさつした。雨の中、参加者は持参した折り鶴を慰霊碑にささげ、鎮魂を祈った。
 青森市の無職黒滝富江さん(85)は、撃沈された「第三青函丸」に乗務中だった1等航海士の父、井沼富蔵さん=当時(37)=を亡くした。「年を追うごとに悲しみが大きくなった。平和な世の中がいつまでも続いてほしい」と話す。
 青函連絡船は14、15の両日と8月10日の米軍による攻撃で全滅し、乗員ら計約420人が亡くなった。沈没した「津軽丸」「第三青函丸」「第4青函丸」は今なお津軽海峡に眠っている。


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2016年07月15日金曜日


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