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<七十七津波犠牲>遺族ら日航機事故から学ぶ

墜落事故当時の状況について説明を受ける田村孝行さん(左から2人目)ら

 東日本大震災の津波で死亡した七十七銀行女川支店(宮城県女川町)の元行員の遺族が22日、1985年の日航ジャンボ機墜落事故に関する施設「安全啓発センター」(東京)を初めて訪れた。520人が犠牲となった惨事の爪痕や、再発防止に取り組む墜落事故関係者の姿勢に触れ、安全な社会の実現を目指す意志を強くした。
 田村健太さん=当時(25)=の父孝行さん(55)と母弘美さん(53)、丹野美智子さん=当時(54)=の妹礼子さん(58)が訪問。墜落事故で小学3年だった次男健君=当時(9)=を失った美谷島邦子さん(69)らが同行した。
 日航の担当者が案内し、事故原因とされる後部圧力隔壁や垂直尾翼といった残骸を紹介。御巣鷹の尾根(群馬県上野村)にジャンボ機が墜落した当時の状況などを説明した。
 乗客らの遺書や、墜落時刻で針が止まったままの腕時計など遺品も展示されている。ある女性は時刻表に「恐(こわ)い 恐い 恐い 助けて」と書き残し、男性は息子ら家族に向け「どうか仲良く がんばって 今迄(いままで)は幸せな人生だったと感謝している」とつづった。
 弘美さんは「気の毒で気持ちの整理がつかない。日航が墜落事故のミスを公開し、企業の安全の糧としていることは、遺族側からするとせめてもの救いではないか」と察した。
 日航は2006年にセンターを開設。「安全の礎」とするセンターへの見学者は日航社員のほか、航空安全に関心のある個人や企業など約18万人に上る。
 孝行さんは「負の遺産を社会に残そうという歩みを感じる。銀行も犠牲となった行員らの家族や事案と向き合い、原因を究明し、社会に知らしめてほしい」と強調。「安全に働ける社会にするための活動を続けたい」と誓う。
 美谷島さんは墜落事故遺族らでつくる「8.12連絡会」の事務局長を務める。「失われた命を生かし、一つでも多く教訓を残すため社会に発信し続けてほしい」とエールを送った。


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2016年07月23日土曜日


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