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<ヤクルト由規>真の復活へ白星に全力

9日の中日戦で5年ぶりに1軍先発し、復活への第一歩を歩み出したヤクルト・由規投手=東京・神宮球場

 プロ野球ヤクルトの由規投手(26)=本名・佐藤由規、仙台育英高出=が9日、右肩のけがを乗り越えて約5年ぶりに1軍戦で復帰登板を果たした。プロ入り3年目の2010年に当時日本人最速の161キロを投げ、スターへの道を歩み始めていた11年9月に右肩痛を発症。手術やリハビリを経て1軍のマウンドに戻るまで1771日を要した。24日に2度目の先発登板を迎える右腕の歩みと復活劇を振り返った。(スポーツ部・浦響子)

<かみしめた94球>
 「大げさかもしれないけど、夢のようだった」
 9日、本拠地・神宮球場(東京)での中日戦、懐かしいマウンドを踏んだ瞬間、由規投手は深呼吸し、満場の雰囲気に浸った。六回途中まで94球を投げた結果、6失点で敗れたが、1球1球かみしめるように最後まで力強く腕を振り続けた。
 終始、気丈な面持ちを崩さなかったが、ベンチから引き揚げる際、こらえきれない感情が湧き起こった。
 「お帰り」「ずっと待ってたよ」。一塁側内野席のファンから大きな拍手と激励の声が飛んだ。由規投手は涙を押し殺すように唇を結んで深々と一礼した。「ファンの声援がはっきりと聞こえた」。5年分の思いが凝縮された一瞬だった。

<術後1年で実戦>
 けがを克服した復活劇で有名なのは1992年、ヤクルトで由規投手と同じ背番号「11」を付けた荒木大輔氏。だがそれでも1軍復帰までの期間は1541日。由規投手はさらに約8カ月長く苦難を味わった。
 「長かった。でも、諦めたくなかった」。病院を何軒回っても原因が特定できず、投球を控えても痛みは引かなかった。支えになったのが「投げたい」という投手の本能。「苦しんだ先に何か一つでも報いが待っているなら、そこに向かって頑張ろうと思った」
 13年4月に右肩手術を受けた後も地道な歩みだった。術後1年たってやっと実戦復帰し、投球感覚を徐々に取り戻して、今回ようやく1軍復帰の機会を得た。

<周囲に支えられ>
 人懐こく、ひた向きな由規投手は家族やチーム関係者ら周囲から強い後押しを受けた。「周りが支えたいと思う人間性だし、本人もけがを経て一回りも二回りも精神的に成長したところを見せてくれたから」。2軍で見守り続けた松井優典ファームディレクターが述懐する。
 由規投手も周囲の気持ちをはい上がる力に変えた。「数え切れないほど多くの人に支えられた。その人たちが僕が投げている姿を見た時に『俺の(支えの)おかげで(復帰した)』と思ってもらえたらすごくうれしい」。気持ちは復帰を飾った今も変わらない。
 24日の中日戦で先発する。結果を求められる戦いになるが、「全ては1軍で勝つためにやってきた」と由規投手。好投で白星を挙げる本当の復活劇が見たい。


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2016年07月24日日曜日


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