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<リオ五輪>指導者の才能 高校で芽生え

ナイジェリア戦に向けた練習で指示を出す手倉森監督=2日、ブラジル・マナウス

 リオデジャネイロ五輪サッカー男子の日本が4日(日本時間5日)、ナイジェリアとの1次リーグ初戦に臨み、日本選手団の先陣を切る。J1仙台監督から転身した手倉森誠監督(48)=青森県五戸町出身=は、他の世代と違って世界で結果を出せず「谷間の世代」と言われた23歳以下代表をアジア王者に導き、夢の舞台をつかんだ。「世界を驚かせたい」と、手ぐすね引く。
 指導者としての才能、勝負への執念は青森・五戸高時代に芽生えていた。同級生だった三浦誠弥さん(48)は「誠はどうしたら勝てるか、と練習の時から考えていた」と証言する。
 雪が降る真冬の練習。通常、屋外での部活動は控えるが、手倉森監督は外での練習を提案した。グラウンドの雪を固めて滑りやすくし、スパイクを履いてゲームやシュート練習に励む。
 「滑るからこそ、(下半身を踏ん張らなければならず)足腰を鍛えられるんだ」と狙いを説明。イレブンは寒さで鼻水を垂らしながら駆け回ったという。
 試合で円陣を組むと「点を取るぞ」「勝てるぞ」が口癖。強豪相手でも強気の姿勢は変わらなかった。
 3年冬の全国選手権で、優勝した清水商(静岡)と準々決勝で激突。2−4で敗れたが、MFの手倉森監督は大会無失点だった相手のゴールをこじ開けるロングシュートを決めた。
 サイドバックとして後方から見詰めた三浦さんは「普通にやったら勝てないけれど、勝てそうな気分にさせてくれた。夢を持たせてくれた」と懐かしそうに振り返る。
 「駄じゃれを言って、みんなを引っ張っていく」(三浦さん)という姿は選手の時も監督の今も変わらない。若い選手と心を一つにし、世界との勝負に打って出る。(剣持雄治)


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2016年08月04日木曜日


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