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<福島の今>遺構の行方 宙に浮く

津波で天井がむき出しになった請戸小の職員室

 東日本大震災の津波と東京電力福島第1原発事故の複合災害を伝える、福島県浪江町の請戸小の扱いが宙に浮いている。震災遺構の候補に挙がるが、住民帰還に向けた対応が優先され、保存を巡る議論は始まっていない。全町避難が続く被災地で、傷みが進む校舎の管理方法が問われている。(福島総局・高橋一樹)

<6割が希望>
 教室の天井からむき出しの鉄筋が垂れ下がる。津波が壊した窓にはガラスの鋭い切っ先がのぞく。潮風にさらされた内壁は徐々に剥がれ落ちていっている。
 「いつ校舎が崩れ、どこで事故が起きてもおかしくない。保存か解体かにかかわらず、ガラス破片の撤去など最低限の処置が必要」。月1回は足を運ぶ小山智恵子校長(57)が訴える。
 請戸小は海から約200メートル。震災では高さ約15メートルの津波が押し寄せた。児童93人と教職員19人は全員無事だった。地震直後、西側の大平山へ避難し、迎えに来た保護者にも児童を引き渡さなかった。
 犠牲者がいなかったこともあり、解体を求める大きな動きはない。昨年9月に復興庁と町が行った町民の意向調査では、6割が同校を震災遺構に望ましい施設に挙げた。
 県は6月、浪江、双葉両町に整備される復興祈念公園に関する国への提言に「(請戸小などと)連携し眺望景観を活用」と盛り込んだ。校舎保存が念頭にあるのは明らかだ。
  
<「まだ早い」>
 ただ町は「遺構化を議論するのはまだ早い」との立場だ。町内全域が原発事故の避難区域で、町は来年3月の帰還開始を目指す。6月から重ねた住民懇談会では、除染や生活環境整備に関する要望が相次いだ。
 町復興推進課は「生活再建への議論を優先したい。地元で家族を亡くし(請戸小を)見たくない人もいる」と説明。保存への取り組みは、東北大と進めた校舎周辺の3次元データ化や、震災後に捜索に入った自衛隊への激励メッセージが書かれた黒板の保管などにとどまる。
 校舎に無断で立ち入る人は後を絶たない。町が設置した国道沿いなどのゲートは今年4月に撤去され、これまで以上に容易に近づけるようになった。
 複合災害の怖さを伝える建物が、風化の危機に直面している。
 復興祈念公園の提言作成に関わった山川充夫帝京大教授(経済地理学)は「被災直後をそのまま伝える校舎を残す意義は大きい。国や県は町任せにせず、管理に必要な財政的支援を行うべきだ」と指摘する。
 これに対し、県は「遺構として残す必要性は認識しているが、支援の働き掛けなどの具体的な話はしていない」(生涯学習課)などと説明する。

[浪江町請戸小]創立1873年。2階の現校舎は1998年に完成。漁師の家庭が多く、敷地内の展望台は海が見えるように建てられた。東日本大震災時の児童、教職員は計112人。原発事故後、休校となり、児童数ゼロに。2016年度は教職員10人が所属し、校長以外は兼務で別の小学校に勤務する。


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2016年08月05日金曜日


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