山形のニュース

「農村に希望」脱サラし家族で移住、就農

農業を指導する村山邦男さんと談笑する加藤さん(右)
妻紘子さん(左)が働く産直施設を訪れた松山さん(中央)

 山形県川西町に今春、県外から移住してきた2家族から、地域おこし協力隊員3人が誕生した。全国的に協力隊員は20、30代の単身者が多く、家族での移住は珍しい。一家の大黒柱が会社を辞め、子育て環境に適していると農村での暮らしを選択したのが共通点。農業研修生として活動した後、「いずれは町内で就農したい」と張り切っている。
 移住したのは、東京のIT企業に勤務していた加藤昇さん(48)と白河市の民間研究施設で働いていた松山薫さん(60)の家族。
 加藤さんは妻(45)と小中学生の男女3人の子どもと、松山さんは妻の紘子さん(42)と小学4年の長男を連れ、それぞれ4月に移り住んだ。加藤さんと松山さん夫婦が協力隊員となり、農家の手ほどきを受けながら農業を学んでいる。
 加藤さんが25年の会社員生活に区切りをつけ、縁もゆかりもない川西町で農業を志したのは東日本大震災がきっかけ。生活必需品の確保に困り、計画停電に悩まされ、災害時にもろい大都会での生活に疑問を抱いた。加藤さんは「消費するだけの生活は幸せにつながらない」と考えた。
 家族で家庭菜園を楽しんでいたことも後押しした。収入は激減したが、目標に向かって生きている充実感がある。
 バイオマスなどを約30年研究してきた松山さんは、昔から農業をやりたいという思いがあった。川西町にある親類の家が空き家となり、移住を勧められた。
 紘子さんは「環境が変わることが一番の不安だったが、子どもが『住んでみたい』と言ってくれた。田舎で伸び伸び生活させたいと思った」と振り返る。
 加藤さん、松山さんは田畑で日々汗を流し、紘子さんは産直施設で商品管理などの仕事をする。「少しは慣れてきたが、覚えることが多くて必死についていっている感じ」。3人の感想は同様だ。
 全く違った環境で暮らし始めてから4カ月以上。言葉や習慣の違いに戸惑いつつも、新しい環境になじみ、落ち着いてきた。
 加藤さんは「早く独り立ちできるように、いろいろと吸収していきたい」と前を見詰める。松山さん夫婦は「心配なのは雪。実は、夏の今から冬支度の準備に取り掛かっているんです」と笑いながら話す。


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2016年08月06日土曜日


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