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<リオ五輪>歓声の中心 いつもいた

五輪でのメダル獲得を目指す内海監督(右)=6月6日、東京都港区
杉沢孝さん

◎バスケ女子代表 内海知秀監督/小中の同窓生・杉沢さん語る

 6日(日本時間)開幕のリオデジャネイロ五輪に出場するバスケットボール女子日本代表を率いるのが青森県三沢市出身の内海知秀監督(57)だ。小中学生時代を知る杉沢孝さん(57)=青森・六戸町七百(しちひゃく)中校長=は「元祖甲子園のアイドルを思わせる人気者だった」と当時を懐かしみ、五輪での活躍に期待を寄せる。
 1970年、十和田市三本木小6年2組の教室。小学生には見えない170センチほどの上背に、1年前に甲子園を沸かせた青森・三沢高野球部の帽子をかぶって現れた。
 「(三沢高のエース)太田幸司が来た」。当時、隣のクラスにいた杉沢さんは三沢市から引っ越してきた転校生に「格好いい。友達になりたい」と目を輝かせた。
 近所だった杉沢さんは内海少年と親交を深める。「野球をやりたい」と思っていたが、内海少年の魅力に引かれ、三本木中ではバスケットボール部に入った。1年夏、練習がつらくて部活動から一時離れた。「また一緒にやろう」。友人の優しい言葉に、もう一度奮起した。
 周囲はまだバスケをする人が多くなかった時代。「中学の大会は全部、内海で勝ったようなもの」という。3年の県大会決勝の造道(青森市)戦。33−32の1点差勝利だったが、「30点ぐらいは内海の得点だった」。
 バスケ留学のため、内海少年は秋田・能代工高に進んだ。「もう活躍しているらしい」。1年の5月上旬、杉沢さんは友人と2人で列車を乗り継ぎ、能代へ向かった。到着後、同校体育館で練習を見学した。想像以上のレベルに「あっけにとられた」と振り返る。
 練習後、内海少年に誘われ、市内のしゃれたレストランへ。白いクロスが掛かった丸テーブルでハンバーグを食べた。「内海とは特に会話もなかったが、ハンバーグの味だけは忘れられない」。その後、内海少年の下宿先で一晩過ごした。興奮してなかなか寝付けず、翌朝起きた時は既に練習へ出掛けていた。
 杉沢さんは振り返る。「バスケで彼はずっと中心だった。われわれは彼の周りを衛星のように回る。選手時代に感じたことをそのまま指導に生かしているのだろう」。日本バスケ界初の五輪メダルを狙う友人を思い浮かべ、少し誇らしそうに笑った。
 女子日本代表の初戦は7日(日本時間)。1次リーグでベラルーシと対戦する。(剣持雄治)

[内海知秀(うつみ・ともひで)]1958年12月7日、三沢市生まれ。秋田・能代工高−日体大出。81年に日本鉱業(現JX)入り。88年まで日本代表に選ばれた。2003年に女子の代表監督に就任。2度の退任を挟み、11年12月に復帰。13、15年のアジア選手権で2連覇を達成した。


2016年08月06日土曜日


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