宮城のニュース

「優勝で宮城元気に」津波で祖父失い誓う

祖父鉄夫さん(左)らと記念写真に納まる小学校時代の伊勢選手

 東日本大震災の津波で亡くなった祖父の言葉を胸に白球を追い続けてきた。「甲子園を目指して頑張れ」。夏の全国高校野球選手権大会の1回戦に9日、東北高(宮城)の内野手、伊勢隼選手(18)が、祖父の思いを背負って出場する。
 小学1年の時、3歳年上の兄の影響で野球を始めた。石巻市で居酒屋を経営していた祖父鉄夫さん=当時(70)=は、若い頃に野球をしていたこともあり、孫2人の試合観戦が何よりの楽しみだった。伊勢選手は練習や試合終わりに、ラーメンを食べによく通った。
 小学6年でプロ野球東北楽天のジュニアチームのメンバーに選ばれると、鉄夫さんが練習の送り迎えをしてくれた。「責任を持って孫を送らなくてはいけない」。真面目な性格で、前日は大好きな酒を我慢した。
 小学校卒業を間近に控えていた日、震災は起きた。店の客を安全な場所に避難させようとした鉄夫さんは、自分だけ逃げ遅れ津波にのまれた。
 同じ石巻市内にある伊勢選手の自宅も1階部分が浸水し、約2カ月間親戚の家に身を寄せた。母朋恵さん(45)は家計が苦しくなっても「野球を続けてくれるのが私たちの楽しみなんだよ」と諦めそうになる兄弟を励ましてくれた。
 兄千寛さん(20)も2012年、石巻工高の選手として21世紀枠で春の甲子園に出場した。伊勢選手も夢の舞台への切符を勝ち取り、兄弟そろって祖父の悲願をかなえたが、甲子園のグラウンドでプレーする姿を見せることはできなかった。
 「震災を受けた自分たちが優勝旗を持って帰ってくることで、地元宮城にさらなる元気を与えられることができたらなと思います」。祖父との約束と、中学3年の作文に自ら記した誓いを果たすため、横浜高(神奈川)との初戦に臨む。


2016年08月08日月曜日


先頭に戻る