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<リオ五輪>福原、前回王者に敗れ3位決定戦へ

女子シングルス準決勝で敗れ、中国の李選手と握手する福原選手=リオデジャネイロ

 初めて卓球のラケットを握った1992年8月13日から24年。常に世代のトップを走り抜けてきた福原愛選手(27)=ANA、仙台市出身=が、リオデジャネイロ五輪の女子シングルス準決勝で、2連覇を狙う李暁霞選手(中国)に完敗し、3位決定戦に回ることになった。日本卓球界で誰も達成したことのない個人メダル獲得を懸ける一戦になる。「悔しいと思っている時間はない。気持ちを切り替えて臨みたい」と自分を奮い立たせるように話した。

 福原選手は第一線で活躍するようになっても、言動はどこか控えめだった。転機は昨年、世界ランクで自己最高の4位になった時。「5位以内に入りたいというのが目標だった。目標って、口に出したらかなえられるのかな」
 ロンドン五輪の団体戦で初めて銀メダルを獲得した経験を経て、リオの目標は明確になった。「団体でも個人でもメダルを取りたい」
 この4年間の道のりは険しかった。右肘の手術に始まり、足、腰も悲鳴を上げた。「腰の字には『要』がある。要を痛めると何もできない」。日常生活に支障を来し、洗髪も人の手助けを必要とした。
 「けがをしてショックを受け、自分を責めた」こともあった。しかし、練習拠点の味の素ナショナルトレーニングセンター(東京)でリハビリに励む他競技のアスリートと触れ合うことで変わった。
 2度、3度と手術を経験した選手がたくさんいた。「いい経験になった。弱音なんて吐いていられない」。ベテランの域に入っても進化を続け、一段とたくましくなった。
 潤んだ瞳、べそをかく姿。「泣き虫」が幼少期の福原選手を象徴する世間のイメージだった。20年以上の時を経て、「愛ちゃん」は主将として日本代表を引っ張る存在に成長した。
 日本の真裏を舞台にした4年に1度の決戦。「いろいろな思いはあるが、無駄な感情は捨てて目の前の試合に集中したい」。天才少女と呼ばれた卓球の申し子のサクセスストーリーはまだ終わらない。(リオデジャネイロ・剣持雄治)


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2016年08月11日木曜日


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