宮城のニュース

<リオ五輪>踏ん張る姿 被災地の力に

女子代表合宿の会場を訪れた東六郷小の児童と交流する福原選手(中央)=7月3日、仙台市青葉区の市青葉体育館

 「愛ちゃん、ありがとう」。福原愛選手をたたえる声が古里で上がった。東日本大震災後、たびたび仙台を訪れ、今年の七夕の短冊には「メダルを持って帰ってくる」と記した福原選手。最後まで勝利を目指す姿は被災地への大きな励ましとなった。
 7月に仙台市であった女子代表合宿の会場に、津波被害を受けて本年度で閉校となる仙台市東六郷小(児童8人)の児童らの姿があった。全員で激励メッセージを寄せ書きした旗を福原選手に渡すために訪れた。
 福原選手は2011、12、15年と同小の児童らを激励。ロンドン五輪の年は団体の銀メダルを持参した。昨年10〜11月の女子ワールドカップ(W杯)仙台大会の開幕前日にも同小を訪れた。手作りの必勝ミサンガを贈られると、「W杯はもちろん五輪でもまたメダルを取って仙台に帰ってくるね」と約束したという。
 3位決定戦では崖っぷちで第4ゲームを奪い、踏ん張る様子が子どもたちの胸を打った。「負けそうでも、最後まで諦めずに頑張っている姿がすごかった」と東六郷小6年渡辺来未さん(11)は目を見張った。
 6年若生哉依(かい)君(12)の母ゆかりさん(45)は「継続して来てくれ、本当に被災地を思っていてくれているんだとうれしかった。努力すれば夢はかなうと子どもたちは教えてもらった」と感謝する。
 「表情は気迫に満ち、今までと違う。人として豊かになったようだ。世界一を目指して本気で頑張り、4強入りしたのはとてもうれしい」。福原選手が通った仙台白百合学園幼稚園で担任だった教諭石岡順子さん(52)は喜ぶ。
 5歳から福原選手を知る柴田幸男宮城県卓球協会会長(68)は「最後の五輪と期するものがあるのかもしれない。3位決定戦は攻め手が見つからず、つらかったと思うが、最後まで気持ちを切らさずよく耐え抜いた」と奮闘をたたえる。
 まだ団体戦がある。東六郷小の児童が贈った応援旗には「必ず最後に愛は勝つ」と大きな文字。哉依君は「4年前は『次は金を持ってくるね』と言っていた。団体戦でメダルを取って、また来てほしい」と心待ちにする。
         ◇         ◇         ◇
 リオデジャネイロ五輪の卓球女子シングルス3位決定戦で、福原愛選手(27)=ANA、仙台市出身=がキム・ソンイ選手(北朝鮮)に敗れ、個人種目で日本勢初のメダル獲得を逃した。「悔しさが多く、うれしさはない。しっかりと気持ちを切り替えて臨む」。12日(日本時間13日午前3時)の団体戦に向け、仕切り直す覚悟を示した。


2016年08月12日金曜日


先頭に戻る