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<土と語り合う日々>器の肌に二戸の雪景

白釉のつぼに庭の花を挿す村上さん。「今回は全体的にいい白が出た」と語る

◎宮城栗原・大久保窯の50年(2)原点

 「村上の白」ともいわれる。陶芸家村上世一さん(79)には白を基調にした作品がある。ふわりと柔らかく、どこか懐かしく感じる白だ。本焼きすると白色になる上薬「白釉(ゆう)」は、独自のさじ加減で作られる。
 わらの灰を何度も水にさらして不純物を取り除く。長石の粉と混ぜ、さらにススキの灰などを「薬味のように」(村上さん)足す。酸性度が異なる草木の灰を調合し、白に深みを持たせるという。

<「白で勝負」決意>
 「白は面白みがないとみられていたため、開窯当時は『村上の作品には色がない』と言われた。でも白で勝負しようと決めていた」。村上さんは振り返る。
 焼き付いている風景がある。19歳だった1957年2月、村上さんは古里、岩手県二戸市金田一の駅で上りの汽車を待っていた。荷物はこうりが一つ。プラットホームは雪で埋もれていた。
 当時の二戸は貧しい山村。貧乏から抜け出すには古里と決別するしかない。陶芸家になる。強い意志と不安が交錯する中、ベンチの下で枯れ草を見つけた。
 「名もない枯れ草でも、いつかは花を咲かせる」。草と己を重ね合わせた。
 66年、勇んで開窯したが作品の評価は自負とは遠く、さっぱり売れない。挫折しかけたとき、思い出したのは駅で見た光景だった。
 白は東北の厳しい冬を表す。好んで描く草紋はあのときの草。呉須などの上薬を絵の具のように用い、素焼きした作品に筆を滑らせる。たっぷり白釉を掛け本焼きすると、白肌の下から草紋が浮かび上がる。雪を割って伸びる草なのか。

<20年かけて到達>
 村上さんの作品について、幼なじみの東北大名誉教授玉懸博之さん(79)=仙台市太白区=は専門である日本思想史的な視点でこう分析する。
 「村上作品は古里の山河大地を見事に表現している。二戸は東に折爪岳がそびえ、西にも山々が連なる。中央には馬淵川。底冷えする冬は雪に埋もれ、夏は短い。二戸出身の村上君でなければ作り上げることができない美しさがある」
 村上さんは59年から開窯する66年まで福島県会津地方で修業。不遇の時期もあったが67年に日本民芸館展入選、69年に国展入選など実績を重ねて人気陶芸家への階段を上り始めた。白釉の作品が看板になった。
 「今の白釉にたどり着くまで20年以上かかった」と振り返る村上さん。決別したはずの古里で見た雪景色が、陶器の肌に映し出されている。
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 宮城県栗原市金成大久保沢で大久保窯を構える陶芸家村上世一さん(79)=二戸市出身、河北工芸展顧問=が開窯して今年で50年を迎える。戦後、県内で初めて本格的に個人窯を開いた村上さんは、東北陶芸界のパイオニア的存在だ。理想の土を求めてたどり着いた栗駒山麓で作品を焼き上げる。栗原の自然に向き合い、作陶を続ける村上さんの工房を訪ねた。(若柳支局・横山寛)


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2016年08月12日金曜日


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