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<奉安殿>宮城・大河原に異例の複数残存

大河原尋常小の奉安殿だった建物=大河原町金ケ瀬の大高山神社跡地
柴田農林学校の奉安殿として使われていた社=大河原町千塚前の嶋館神社

 終戦まで全国の学校にあり、天皇・皇后の写真(御真影)と教育勅語を納めた奉安殿が、宮城県大河原町内2カ所に残っている。戦後、教育と宗教の分離を求める連合国軍総司令部(GHQ)の命令で一斉に解体されたため、残存する例は少ない。県内では一つの自治体に複数残っているのが珍しく、研究者は「貴重な史料だ」と指摘する。
 奉安殿だった建物は金ケ瀬地区の大高山神社跡地と千塚前地区の嶋館神社にある。共に高さ4.5メートル、間口2.1メートル、奥行き2.1メートルの木造の社で、地元の大工八島瀧五郎の建築とみられる。御真影や教育勅語は既に返納されている。
 大高山神社跡地の社は、大地主の7代目佐藤源三郎が1924(大正13)年に大河原尋常小(現在の大河原小)の奉安殿として寄贈した。戦後、西浦地区の最勝院に、1978(昭和53)年には金ケ瀬地区に当時あった県醤油(しょうゆ)醸造組合の敷地にそれぞれ移され、2013年に現地に移設された。
 建物が火災に遭った場合、御真影と教育勅語を安置した金庫は自動的に地下室に収まり、シャッターで閉鎖される仕組みだったとされる。
 嶋館神社の社は、かつての柴田農林学校(現在の柴田農林高)の奉安殿で、1930(昭和5)年に落成式があった。戦後、現地に移され、戦没者の位牌(いはい)を納めた。
 県内の奉安殿を研究する仙台工高建築科の斎藤広通教諭(63)は昨年秋、及川義行町文化財保護委員(75)を通じて、町内2カ所の奉安殿の存在を知った。それまでは県内では仙台市青葉区と多賀城市の計2カ所にあるのを把握していた。
 斎藤さんは「貴重な建物が2カ所も残っているのは保存に尽力した町民のおかげ」と話す。及川さんは「当時の軍国主義の雰囲気を伝える建物を多くの人に知ってほしい」と願う。

[奉安殿]1910年代ごろから建てられた。学校が火災に遭った際の延焼を避けるため、校門の近くや校庭の隅に置かれた。当初は木造が主流だったが、火事に備えて土蔵や鉄筋コンクリート製が増えた。元日や紀元節(現在の建国記念の日)に校長が教育勅語を取り出して読み上げ、登下校時は奉安殿に最敬礼して通り過ぎたとされる。


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2016年08月16日火曜日


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