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<3.11と今>遺骨、遺族に寄り添う

檀家がお参りしやすいように設けた別院の祭壇と住職の横山さん=4日、福島市
震災後に亡くなった檀家の遺骨の前で法要を執り行う横山さん=2013年、福島県浪江町南津島の長安寺本院

◎震災5年5カ月/6度目のお盆(5完)横山周豊さん=福島市

 「手のひらから砂がこぼれるように、地域のつながりが失われていく」
 福島県浪江町西中部の山間地・南津島地区にある長安寺の住職横山周豊さん(75)は、無念さを抱えながら福島市内の別院の本尊に手を合わせた。別院には東日本大震災と東京電力福島第1原発事故後に亡くなった檀家(だんか)の遺骨約100柱を安置している。
 原発事故で仕事を失い、家族を養うため茨城県の原発施設へ働きに出て自殺した20代の男性。長距離避難中に「寒い寒い」と訴え、病気が悪化して亡くなった70代の男性−。
 横山さんは一人一人の生前の姿に思いをはせる。「こんな形で亡くなりたくはなかったろうに。死んでも古里の墓に帰れないと誰も思わなかっただろう」

 寺のある南津島地区は原発事故後、帰還困難区域に指定された。墓地の墓石は多くが倒壊。高い空間放射線量が復旧を阻む。納骨は難しく、横山さんが2014年3月、避難先に場所を借りて設けた別院で遺骨を預かり続ける。
 ついのすみかが決まらなければ埋葬場所も決まらない。「汚染された遺骨」。いわれなき風評を避けるため、寺に預けたまま避難する遺族もいるという。
 預かる遺骨は12年に約30柱、14年初めには100柱を超えた。二本松市などで火葬した遺骨は浪江の本院に運び、法要などを行ってきた。別院を避難先に設けて遺骨を置くのは、遺族が故人に会いに来るのが楽なようにとの思いからだ。
 11年3月12日、福島第1原発1号機の原子炉建屋が水素爆発した。寺には約130人の町民が身を寄せた。横山さんは不安に陥る住民や檀家の家族と眠れない夜を共に過ごした。
 双葉厚生病院(福島県双葉町)に入院していた檀家の男性が避難中に亡くなった。15日、火葬に向かった二本松市で、今度は4号機の原子炉建屋が吹き飛んだとニュースで知った。
 寺には戻れなかった。二本松市の斎場で葬儀を終え、迎えに来た妻が運転する車で、そのまま埼玉県の次女の家に身を寄せた。
 横山さんの携帯電話には、避難中に家族が亡くなったと、檀家からの連絡が後を絶たなかった。事故から間もない4月6日、福島市に戻り、避難した檀家を回り始めた。「遺族と一緒に故人を供養するのが自分にできるただ一つの仕事だと思った」

 震災と原発事故後、6度目のお盆。この時期は檀家を回り、仏前でお経を上げる。約500軒あった檀家の65%は福島市や二本松市など県内に残った。ほかは首都圏、関西圏などに散らばった。県外に檀家を訪ねる日も多くなり、年齢的にはきついが、今年も8月は休みなく、避難先に檀家を訪ね歩く。
 今年に入って、避難先で自宅とお墓を再建する人が目立つようになった。
 原発事故後の復興は、兆しが見える地域と、南津島のように先が見通せない地域が明暗を分ける。
 「地域のつながりが失われ、避難する檀家が孤独になっていく。今こそ、そばにいないと」。横山さんが寄り添うのは、骨となった仏だけではなかった。(菅谷仁)


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2016年08月18日木曜日


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