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<残照>不屈の精神 障害者の就労支える

仙台市青葉区折立に「仙台もぐらの家」を完成させた頃の星さん(右)と曽根さん=1984年、旅行先の秋田県内で

◎社会福祉法人一歩一歩福祉会理事長 星孝明さん(61)=仙台市青葉区、7月29日死去=

 「絶対に、僕は死なないから大丈夫」。3月下旬、大腸がんで余命半年の宣告を受けると、妻のめぐみさん(47)にこう言い聞かせた。幼い頃に筋ジストロフィーを患いながら、障害者の自立を目指して電動車いすで奔走し続けた不屈の人は、新たな病にもひるんだ様子を見せなかった。
 障害者が働ける場をつくろうと1979年、仲間5人と通所型施設「仙台もぐらの家」を、仙台市青葉区のアパートの一室で始めた。伝票整理の内職を請け負ったが、初任給は1人当たり2000円。翌年に企業と電線解体作業の受注契約を結び、事業を軌道に乗せた。
 設立メンバーの一人で、もぐらの家の所長を務める曽根朝男さん(64)は「当時、障害者にとって就職の壁はとてつもなく高かったが、そこに風穴を開けようとした。先見の明があった」と振り返る。
 借地を転々としながら事業を続け、81年ごろから自前の作業場の建設を目指した。毎週末、街頭カンパに立ち、コンビニエンスストアにも募金箱の設置を頼みに回った。活動が実を結び約3年後、現在地の青葉区折立に作業所を構えた。
 95年に社会福祉法人「一歩一歩福祉会」を設立。2003年までに市内2カ所に通所型施設を新設し、さらに仕事に打ち込んだ。施設の管理から会計事務まで一手に引き受け、亡くなった当日も体調不良を押して職場に顔を出した。
 福祉会が運営する3施設には現在、約100人の知的障害者らが通う。高齢化が進み、「彼らの親亡き後も、安心して生きていける新しい仕組みを作らなければならない」と意気込んでいたさなかの逝去だった。
 「彼が抜けてしまった穴はあまりに大きい」。約40年間、一緒に走り続けてきた曽根さんは唇をかんだ。


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2016年08月20日土曜日


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