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<この人このまち>大崎を元気に 夢が開花

佐々木哲朗(ささき・てつろう)1952年大崎市生まれ。70年に国立宮古海員学校卒。外国航路の航海士を経て、同市古川台町でパブ「燦呂道(サンロオド)」を経営する。

 宮城県大崎市民が憩う同市古川の化女沼を桜の名所にしよう−。酒の席で盛り上がった話が現実になり、植えた桜の幼木は総計3000本に迫る。環境美化などの功績で、今年6月に環境大臣表彰、8月には国土交通大臣表彰を受けた「化女沼2000本桜の会」。代表の佐々木哲朗さん(64)は未来を思い、会員と共に地道な活動を続けている。(大崎総局・野村哲郎)

◎化女沼2000本桜の会代表 佐々木哲朗さん

 −化女沼の魅力は。
 「東北自動車道の長者原サービスエリアから徒歩でアクセスでき、古代の里公園などの観光施設があり、動植物も豊かなので環境教育や健康増進にも好適な場所です。多面的な魅力があると思います」

 −その化女沼を桜の名所にしようと思ったのは。
 「始まりは単純でした。友人らと飲んでいて、化女沼が桜でいっぱいになったら素晴らしいだろうなと。(宮城県大河原町、柴田町の)白石川沿いの一目千本桜みたいな風景を夢見て、1999年に『2000本桜の会』を結成し、2000年4月、ソメイヨシノ、ヤエザクラ、ヤマザクラ、シダレザクラの4種類合わせて1600本を、11月にも600本を植えました」
 「雪の多い年で、最初の植樹の下準備では吹雪の中、1600の穴を掘りました。植樹の前日は雨。当日は300人もの市民が集まってくれたのですが、強風にあおられながら、穴にたまった雨水をくみ出しつつ苗を植えました」

 −以後もコンスタントに植え続けていますね。
 「こういう活動は2〜3年で終わるのが普通でしょう。でも、化女沼の桜は市民がそれぞれの思いを込めて植えてきました。孫が生まれたとか、家を新築したとか。この活動を始めてよかったと思ったのは東日本大震災の時です。震災被害で下を向いていた市民が、桜の開花で上を向くことができました」
 「私も、震災で親しい友人を失っています。12年は『鎮魂の桜』として60本、13年は復興への思いを込めた『希望の桜』100本、14年は子どもたちの夢の実現を願い『夢の桜』50本を植えました」

 −植えっぱなしというわけにもいきません。
 「毎週末、下刈りなどの作業をしています。湖畔のごみ拾いも月1回のペースで実施していますが、この十数年で、不法投棄は明らかに減少しました」

 −思い描く化女沼の未来像は。
 「いろんな花で湖畔を埋めたい。通行車両を気にせずに散策できる環境も整えたい。行政の協力なしには実現できないことです」


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2016年08月22日月曜日


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