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幸村の娘の義歯を初公開 異なる時期の5点

「中期」の上顎の木床義歯(清原さん提供)

 NHK大河ドラマ「真田丸」の主人公真田信繁(幸村)の娘で、2代白石城主・片倉小十郎重長の後妻となった阿梅(おうめ)の木床(もくしょう)義歯が23日、阿梅の墓がある宮城県白石市本町の当信寺で初公開される。加齢で歯の本数が減るに従い、三つの時期に作られた計5点。7月に調査した檀家(だんか)の歯科医、清原敏明さん(50)=白石市=は「3期にわたって同一人物の木床義歯が現存する例は珍しい」と説明する。
 1615年の大坂夏の陣。伊達政宗の家臣として徳川方についた重長は豊臣方の幸村と激闘を演じた後、阿梅ら幸村の子女を引き取り、白石でひそかに養育した。阿梅は81年、78歳で亡くなったと伝わる。
 3期の義歯のうち、「前期」は上顎のみの部分入れ歯。「中期」は上顎が本人の歯1本分をくり抜いた部分入れ歯、下顎が総入れ歯の1組で、「後期」が上顎、下顎とも総入れ歯。1951(昭和26)年に阿梅の墓を改葬した際、副葬品として見つかり、寺が保管してきた。
 清原さんによると、材質は堅くて弾力があるツゲの可能性が高く、歯の造形は材に溝を彫ってこしらえた。中期と後期の奥歯には、金属のびょうが何本も打ち込まれ、極度の摩耗で抜けた痕もある。前歯には、お歯黒が塗られた痕跡、キセルでたばこを吸う習慣で生じたとみられるへこみが確認された。
 木床義歯の国内最古の出土例は1538年で、市教委によると、県内では少ない。阿梅が生きた江戸時代には、仏師から派生した入れ歯師が蜜ろうで口の型を取って原型を彫り、微調整を重ねて仕上げたという。
 清原さんは、阿梅の身長が140センチ程度で、50歳前後に前期の義歯を使い始めたと推測する。「奥歯でしっかりよくかんで食べられたことが、長寿につながったのではないか」と分析し、「入れ歯師の卓越した技術と並々ならぬ情熱を感じる」と舌を巻く。
 特別公開は午後5〜7時。柄鏡やはさみといった遺品も展示する。入場無料。連絡先は当信寺0224(26)3473。


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2016年08月22日月曜日


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