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<夜空と街に輝く大輪>「壁」を越え東西結ぶ

ベルリンで打ち上げられた花火の様子を伝える現地の新聞(右)と、同市から佐藤勲さんに贈られた感謝状

◎大曲の花火開催90回を前に(中)ベルリンの祝砲

 「花火は平和の象徴。火薬を戦争で使わずに光の芸術として生かす喜びを、今年も多くの観客と分かち合いたい」
 27日に秋田県大仙市大曲地区である大曲の花火(全国花火競技大会)の実行委員長を務める佐々木繁治大曲商工会議所会頭(70)は、90回の節目となる大会の意義を語る。
 大会は90回連続して開催できたわけではない。1910(明治43)年、「奥羽6県煙火共進会」として始まって以降、太平洋戦争の激化で37年から中断を余儀なくされた。
 再開したのは終戦翌年の46年8月。5寸(約15センチ)玉の花火110発が上がった。

 平和を願う祝砲のような花火は、41年後の87年8月、東西冷戦下にあった旧西ドイツのベルリンでも打ち上げられた。
 大曲の花火の参加業者ら26人がベルリンの市制750周年祭典に招かれ、日本が誇る最高水準の花火の技を披露した。ベルリンの壁で隔てられた東西ドイツの市民計約200万人が、夜空に咲く約7000発の大輪を眺めたとされる。
 当時の大曲の花火実行委員長の故佐藤勲さんは現地を訪問。打ち上げ前日、記者会見で呼び掛けた。
 「ベルリンの地上に壁があっても、空には壁はありません。日本の花火は、どこからでも同じように見えます。西のお方も東のお方も、楽しんでください」
 勲さんに同行した次男の佐藤紘二さん(75)=大仙市=は「父の発言後、記者たちが静まり返った。父はタブーに触れてしまったのではないかと、落ち込んでいた」と振り返る。
 だが、勲さんの「空には壁はない」というメッセージは、ベルリン市民の心に響いた。

 当時のベルリン市長は勲さんの言葉を式典のスピーチで引用。打ち上げ後、ベルリン市内で発行された朝刊は軒並み、1面のトップ記事で勲さんのコメントと花火の写真を掲載した。
 心を奪われるような花火の輝きと「空には壁はない」の発言は、東西ドイツの人々に何らかの影響を与えたのだろうか。ベルリンの壁が崩壊したのは、花火の打ち上げから2年後の89年だった。
 ドイツでの花火の打ち上げは成功に終わったが、その後、大曲の花火が国際的な知名度を得たとは言い難い。
 大仙市では2017年4月に第16回国際花火シンポジウムが開かれる。「大曲の花火を世界に知ってもらいたい」。市や市内の花火業者らはシンポを成功させ、世界市場に打って出る契機にしたい考えだ。

[国際花火シンポジウム]2017年4月24〜29日に開催。二十数カ国から花火関係者ら約500人が訪れる予定。花火に関する研究成果の発表会や商談の場などを設ける。期間中、大曲の花火の会場と同じ雄物川河川敷で毎日花火を打ち上げ、各日数万人の集客を見込む。
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 秋田県大仙市の「大曲の花火」(全国花火競技大会、大曲商工会議所・大仙市主催)が27日、第90回の節目を迎える。106年前に始まった大会は、今や日本三大花火大会の一つに数えられるまでになった。国内外から70万人以上が訪れる本番を前に、大曲の花火を核に「花火の街」づくりを目指す取り組みと、これまでの歩みの一端を紹介する。(横手支局・目黒光彦)


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2016年08月25日木曜日


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