宮城のニュース

<あなたに伝えたい>形見を身に着け生き方自問

更地になった自宅跡地を訪れ、ユリの花を手向ける百合さん
近藤寛さん

◎近藤百合さん(仙台市宮城野区)寛さんへ

 百合さん 長年、写真関係の仕事に携わり、2009年からフリーカメラマンとして活動していたあなた。あの日の朝、多賀城市の小学校へ出勤する私を玄関先で見送ってくれたのが最後となりましたね。
 利府の遺体安置所であなたの亡きがらに対面した時、遺留品のダイバーウオッチだけが動いていました。津波の水圧にも耐えたんですね。思い出の品は何もかも家ごと津波に流されてしまったので、この腕時計が唯一の形見です。今でもずっと身に着けています。
 震災の年の秋、結婚25周年を迎えるはずでした。「銀婚式はどこで挙げようか」。そんな相談をしていた時、突然の別れとなりました。しばらくの間、あなたの後を追うことばかり考えていました。
 百人一首、旅行、化石や火山岩の採取−。あんなに2人で楽しんだ趣味は、もう続ける気力が湧いてきません。受け持つ児童には「前を見て歩め」と教えているのに…。「今の自分はそんな生き方ができているか」と自問する毎日です。
 ただ一つ、県内で開催される星の観望会でボランティア活動は続けています。約15年前から震災直前まで、あなたと参加し、思い出がたくさん詰まっていますから。
 「ねえ、今日の晩ご飯、何にしようか?」。ふと、あなたに語り掛けたくなる瞬間が、日に何度もあります。あなたに聞きたい、話したい思いが、募るばかりです。

◎震災の年の秋、銀婚式を迎えるはずだった

 近藤寛(かん)さん=当時(54)= 仙台市若林区荒浜新2丁目で、小学校教員の妻百合さん(57)と2人で暮らしていた。東日本大震災発生当日、フリーカメラマンの仕事を終えて帰宅後、自宅かその周辺で津波に遭ったとみられる。10日後、遺体安置所の宮城県利府町の県総合運動公園総合体育館で、寛さんと確認された。


2016年08月28日日曜日


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