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<震災2000日>看護部長 ゼロからスタート

病院の再開に向けてスタッフと打ち合わせをする崎山さん(右)

 東日本大震災の発生から2000日目を迎えた30日、東北の被災地では復興への取り組みが続いている。そのスピードは、地域によって大きく異なる現実がある。

 震災の津波被害を受けた石巻市立病院(宮城県石巻市)は沿岸からJR石巻駅前に移転新築され、9月1日に開院する。
 「市民に信頼される病院にしたい」
 看護師117人を束ねる看護部長、崎山晶子さん(54)=宮城県東松島市=は震災から2000日の歩みを振り返り、散り散りになったかつての同僚と再び働く喜び、復興へ向け住民の命と健康を守る原点を再確認する。
 2011年3月11日午後2時46分、崎山さんは当時石巻市南浜町にあった市立病院の東病棟4階ナースステーションにいた。
 長く激しい揺れ。机に潜り込んだ。ナースコールがけたたましく鳴る。消化器内科の看護師長として、受け持ちの入院患者四十数人の無事を急いで確認した。
 海までの距離は約200メートル。病室の窓から旧北上川の水位が下がるのが見えた。次の瞬間、津波が映画のような迫力で押し寄せ、周辺の2階建て住宅や車を次々とのみ込んだ。
 病院は自家発電や医療設備があった1階が天井まで海水に漬かり、医療活動に必要な機能を失った。
 少ない水や食料で急場をしのいだ。患者全員を救助に来たヘリコプターで送り出したのは3日後の14日夜。医師や看護師らは最後に、ナースステーションに集まった。
 「これからどうなるの」。それぞれが不安を抱える。「今までありがとう」「また一緒に働きたい」と語り合い、翌朝、病院を後にした。
 その後は、同僚と手分けして避難所で被災者を見守ったり、仮設住宅を1軒ずつ回って体調を尋ねたり。病院が本格再開するまでの派遣が始まると、看護師が1人、また1人と市内外の病院に散らばった。
 病院事務局に残った崎山さんは、主に調整役として仲間がいる派遣先に足しげく通った。同じ病院でまたみんなで働こうと、気持ちをつなぎたかった。その一方で、医療の現場とは違う慣れない業務に、心身ともに疲弊した。
 14年10月に着工した新病院は今春、白と灰色のしゃれた建物が姿を現し始めた。「ようやく開院する」。崎山さんは通勤途中に携帯電話で写真を撮り、仲間に励ましのメールを送った。
 崎山さんは被災した市立病院が開院した1998年1月から在籍する数少ない看護師。昨年4月に看護部長に就任した。
 「またゼロからのスタート。重責に不安はあるけど、やらなくてはいけない」
 強い決意を胸に秘める。(鈴木拓也)


2016年08月30日火曜日


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