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<最少の海 庄内浜>後継者育たず危機感

酒田港に水揚げされた急速冷凍したスルメイカ。年間漁獲量の3割を占めるイカは山形県漁業の中核となっている=8月下旬

 海岸線が短く、漁場が小さい。しけが多く、養殖にも向かない。それゆえ、山形県の漁業生産額は海を擁する39の都道府県の最下位に甘んじ、漁業者もまた最も少ない。そんな庄内浜で10、11の両日、天皇、皇后両陛下をお迎えして「全国豊かな海づくり大会」が開催される。漁業振興を目指す大会を前に「最少の海」が直面する苦境と、将来へ向けた挑戦を報告する。(酒田支局・亀山貴裕)

◎全国豊かな海づくり大会を前に(上)苦境

 8月下旬のいっとき、酒田港に海の男たちの声があふれた。
 イカを追って日本海を駆け回る中型イカ釣り漁船が、約1カ月ぶりに相次いで入港した。乗組員は満載した冷凍スルメイカを、ベルトコンベヤーに載せて休む間もなく水揚げした。
 近年は生イカ不足の影響で売価が高まる傾向にある。船員に交じって水揚げする白山丸(163トン、酒田市)の船主斎藤厚さん(61)は「今の状態が続いてくれたらありがたい。燃料の高騰に、イカの不漁続き、何度手を引こうと思ったか」と言う。

<地元船今や3隻>
 酒田港は全国に七つあるイカ釣り船団の一つ「山形船団」の拠点。海岸線が短く、三陸のような豊かな漁場を持たない庄内浜の漁師たちは戦後、近海に活路を求め、イカ釣りやマス流し網漁で水揚げを伸ばした。
 だが、ピーク時に30隻を超えた山形県籍の中型イカ釣り船は今や3隻。山形船団には13隻が所属するが、北海道や石川県籍の船が多い。「昔は地元の船がズラリと船首を並べたもんさ。今はこれが限界だろうね」。斎藤さんの表情が硬くなった。
 右肩下がりとなった原因は、1980年前後の国際的な漁獲割り当て削減や漁場規制にある。
 「ドル箱」と呼ばれたマス流し網漁船は、1隻を残して港から姿を消した。稼げない漁業に浜の子どもたちは1人、2人と去った。白山丸の船員も今や半数をインドネシア人が占め、何とか漁をつないでいる。
 漁業センサスによると、83年に1751人いた山形県の漁業就業者は2013年には474人にまで激減した。減少率は全国平均を13.5ポイントも上回る。

<養殖転換できず>
 養殖への転換も試みたが、荒い波に阻まれた。「多くの漁師が自分の代で終わりだと諦めてしまい、後継者が育たなかった」。山形県漁協で指導課長を務める西村盛さん(49)は振り返る。自身も飛島の漁師の家に生まれながら、おかに上がる道を選んだ1人だ。
 浜の将来を案じ、積極的に新規就業者を受け入れる漁師もいる。鶴岡市で定置網漁を営む伊関豊さん(73)は、10年余り前からインターネットを活用して乗組員を全国から募る。1隻に10人弱が乗り込み、日帰りで漁を終えられる定置網漁は初心者でも比較的入りやすい。
 国の研修制度も活用して毎年1〜3人の新規就業者を受け入れている伊関さんは「定置網船に乗りながら漁業を知り、自分に合う漁業形態を探せばいい」と言う。
 とはいえ、長年後継者の育成が滞ったつけは着実に回ってきている。極度の高齢化だ。庄内浜の漁師の4割近くは70歳以上で、60歳以上なら7割に及ぶ。
 西村さんは「年に1人や2人が漁業者として独立しても、5年もすれば今の中核世代が次々に抜け始める。浜の活力を保つために、漁業者も漁協ももっと危機意識を持たないといけない」。漁師を継がなかったからこそ誰よりも浜の将来に責任を感じ、危機感をバネに再興への道を模索する。

[メモ]山形県の2014年の漁獲量は5460トン。養殖業を含めた漁業生産額は24億4000万円と、宮城県の3.6%にとどまる。474人の漁業就業者(13年)は、東京電力福島第1原発事故があった福島県を除けば最も少ない。海岸線は134キロで、鳥取県に次いで短い。


関連ページ: 山形 社会

2016年09月02日金曜日


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