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<この人このまち>ナツハゼ 飯舘の特産に

菅野クニ(かんの・くに)1951年福島県郡山市生まれ。福島県総合衛生学院卒。保健師、自営業を経てニコニコ菅野農園代表社員。

 東京電力福島第1原発事故で全村避難する福島県飯舘村の菅野クニさん(64)は、避難先の福島市に農園を開設した。育てているのはツツジ科のナツハゼ。ブルーベリーのような実をジャムなどに加工して販売する。「飯舘の新たな特産品にしたい」と意気込んでいる。(福島総局・藤井宏匡)

◎ニコニコ菅野農園代表社員 菅野クニさん

 −ナツハゼの農園開設までは苦労がありました。
 「夫の教師退職に合わせ、飯舘村に造る計画を描いていました。村の山から苗木150本を自分の畑に植えて準備し、2011年4月に菅野農園が誕生するはずでした」
 「それが原発事故で一変。植えた半分は除染作業で切られてしまった。残った木の実を見て、『これからどうなってしまうのか』とぼうぜんとしましたね」

 −でも、決して諦めませんでした。
 「どうしても農園開設を断念できなくて。民間の借り上げ住宅に避難している福島市で、ナツハゼ農家を探していると、20年以上前に村のカボチャの種をお譲りした方と偶然出会い、冷凍保存していたナツハゼを譲っていただきました。早速ジャムを作り、お世話になっていた友人に送ると反響がありました」
 「その後、内閣府の復興支援型地域社会雇用創造事業に応募し、13年2月に『合同会社ニコニコ菅野農園』を設立しました。福島市南東部に約3000平方メートルの畑を購入し、250本のナツハゼを植えました」

 −そもそもなぜ、ナツハゼの栽培を。
 「ブルーベリーの仲間でポリフェノールをたくさん含んでいて健康的。丈夫で背丈が低く、高齢でも収穫しやすい。葉が赤くなるなど景観作物にもなり、飯舘村の新しい特産品にしたいと考えました」

 −昨年、実がなり始めました。
 「まだ収穫量は10キロ程度。協力してくれる農家さんの実も譲ってもらい、ジャムやお茶、料理に使うパウダーを作っています。8月にはJR上野駅であったイベントにも出品しました」

 −来年3月に村の大部分で避難指示が解除されます。今後の展開は。
 「村で採れたナツハゼの放射性物質濃度は国の基準値以下でしたが、『安全だ』と言っても、すぐには商品として受け入れられないと思います。しばらくは村の苗木を福島市で育てるつもり。来年度に村に完成する道の駅で販売し、いずれは品種登録もしたいです」(月曜日掲載)


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2016年09月05日月曜日


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