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<避難解除1年>癒えぬ後遺症 楢葉帰還9%

 東京電力福島第1原発事故で福島県楢葉町に出ていた避難指示が解除され、5日で1年となった。町は少しずつ生活感を取り戻しつつあるが、帰還した町民は2日現在、9.2%の681人(376世帯)にとどまる。地域社会を崩した原発事故。復興には長い時間が必要なことを、改めて浮き彫りにしている。(いわき支局・古田耕一)

<60歳以上が66%>
 埼玉県に避難していた永山直幸さん(75)、セツ子さん(71)夫妻は自宅の修繕が終わった今年5月に帰町した。「やはり、わが家は最高」と口をそろえる。
 商業施設がほとんど再開しておらず、週2、3回、いわき市に買い物に行く。「車で片道30分。不便と言えば不便かな」と直幸さん。セツ子さんは生涯学習で藍染めに挑戦したり、体操教室に通ったりと「結構忙しい」毎日を送る。
 帰町者の推移、年代別はグラフの通り。町は今年1月、一定程度の住民が戻る「帰町目標」を2017年春に設定。「16年度に帰町の波をつくる」との考えだが、まだペースは上がらない。帰町者は、60歳以上が66.8%、65歳以上が53.5%を占める。
 永山さん夫妻も事故前は両親、長男と5人で暮らし、長女夫婦と孫2人が近くに住んでいた。避難中に両親は他界。長男はいわき市に住む。一緒に避難した長女家族は、学校や仕事の関係で埼玉に根を下ろす。
 直幸さんは、1ヘクタールの田で自らがコメを作るのを諦めた。「避難して5年もたてば、皆それぞれの事情を抱える。なかなか昔のようには戻らない」と話す。

<事業再開手探り>
 楢葉町は丸ごと避難した自治体で初めて避難指示が解除された。除染終了から1年5カ月の期間があり、全域で居住可能になった。来年春の帰還開始を目指す富岡町や浪江町は除染終了が本年度で、高線量の帰還困難区域が町を分断する。
 「トップランナー」と言われる楢葉町でも、全町避難の後遺症は重い。町内で事業を再開した商工業者は建設業などが中心の4割で、小売りやサービス業は少ないまま。福祉や農業の再構築は緒に就いたばかりで、人手不足も重なり、手探りの状態が続く。
 「帰町目標」の前提にも誤算が生じた。町は拠点として整備中の「コンパクトタウン」に17年春、公設商業施設と123戸の災害公営住宅を完成させる計画だった。商業施設は出店調整に時間を要し、1年遅れる見込み。公営住宅は約50戸が17年6月にずれこむ。
 町復興推進課は「今は帰町準備の段階。住宅の修繕や新築が進み、避難先との二重生活を送る人もいる。年度替わりに、帰町者がかなり増えるのではないか。来春、小中学校が再開すれば、町の雰囲気も変わる」と期待する。
 いわき明星大(いわき市)の高木竜輔准教授(地域社会学)は「原発事故被災地の復旧には長い時間がかかり、帰町の条件も人によって違う」と指摘。「楢葉町の現状は、解除を控える富岡町や浪江町などの復興を考えるための試金石とも言える。スケジュールありきではなく、一人一人に寄り添った柔軟な支援が必要だ」と話す。


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2016年09月05日月曜日


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