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<山形の原発避難者>長引く避難 夫婦に溝

「子どものことを考えると、まだ福島には戻りたくない。でも…」。決断を下せない日々が続く高橋さん

 東日本大震災から11日で5年半になる。東京電力福島第1原発事故では、多数の福島県民が避難生活を余儀なくされた。隣接する山形県では、今なお2778人(1日現在)の避難者が暮らし、家族、親族らと離れ離れの生活を送っている人たちもいる。福島県は自主避難者の住宅無償提供を2017年3月で打ち切る方針を示し、多くの家族が岐路に立つ。生活の「これから」を見詰める当事者たちの思いは複雑に入り乱れている。(米沢支局・相原研也、山形総局・阿部萌、福島総局・高橋一樹)

◎そして、これから(1)ためらい

 ずっと言い出せずにいる。「まだ福島に戻る気はない。帰りたくないの」。正面切って本音を言えば、夫(34)は怒りだし、けんかになるのは間違いない。それが嫌で、その話題には触れないできた。
 福島県伊達市から家族で山形県米沢市に避難している主婦高橋里美さん(38)=仮名=は悩み続けている。「旦那は元々避難しなくても大丈夫だと考えていたから、当然地元に帰るつもりでいる。でも私は…。小さい子どものことを考えると、福島ではまだまだ安心して暮らせない」

<家計の負担重く>
 2011年5月に避難生活を始めた当時3人だった家族は5人に増えた。夫は職場のある福島市に通うため毎朝早くに家を出て、夜遅く帰宅する生活がずっと続いている。震災の半年前に建てた伊達市のマイホームのローンに加え、ガソリン代や食費がかさむ。住宅の無償提供が打ち切られたら、家計の負担はさらに大きくなる。
 「米沢に残るなら、一番下の子を保育園に預けて私が働かないとやっていけない」。そう考えている高橋さんには苦い経験がある。避難直後に職を探したが、「子連れの避難者」を理由に採用を数回断られた。「子どもが3人に増え、働いていないブランクがある今はさらに条件が厳しい」
 空間放射線量など安全への懸念だけが、帰還をためらう理由ではない。2歳の時に避難を始めた長女(8)が、すっかり米沢の生活に慣れて福島に戻りたがらない。「それも旦那の機嫌を損ねる理由なんです」
 長距離を車で毎日移動し、休むことなく残業もこなし続ける夫が、精神的にも肉体的にも疲れ果てていることが分かっている。それだけに、帰還するかこのままとどまるかの決断を下すことができずにきた。

<離婚選ぶ母親も>
 夫婦げんかで収まればまだいい。避難生活が長引いたために、価値観の違いから離婚を選択し、シングルマザーで踏ん張っている母親たちを知っている。「正直、離婚を考えたこともある。でも、現実的にそうなったとしたら、一体どうなってしまうのか…。いや、それは、ない、な…」
 「核心」を避け、ためらい続けてきた時間が、夫婦にとっての「冷却期間」なのかもしれない。「旦那も私もすぐに感情的になってしまうから、とにかく今はまだ話さない方がいい。切羽詰まってからお互い向き合うのかもしれないな…」。見通しが付かない将来に、不安と焦りが募る。

●子の年齢に配慮を
<「復興ボランティア支援センターやまがた」スタッフの多田曜子さん(35)の話>
 家庭内で今後の避難の方針について話し合いができていないというケースは多い。避難生活でコミュニケーションが減り、夫婦の間に価値観の差が生じてしまうこともある。子どもが山形での暮らしを望む場合も少なくない。住宅の無償提供は来年3月で終了するが、子どもの年齢に配慮した措置も検討されるべきだろう。


2016年09月06日火曜日


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