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<野蒜小津波訴訟>当時の教務主任ら尋問へ

避難場所となった野蒜小校舎。1階まで津波が押し寄せ、がれきの山が残る=2011年3月12日

 東日本大震災で宮城県東松島市野蒜小体育館に避難した後、津波で亡くなった女性=当時(86)=と同小3年の女児=同(9)=の遺族が、学校設置者の市に計約4000万円の損害賠償を求めた訴訟の控訴審で、仙台高裁は8日、当時の男性教務主任ら2人の証人尋問を行うことを決めた。期日は今後、指定する。
 尋問は遺族側が請求した。他に採用されたのは、訴訟対象の86歳の女性と共に野蒜小に避難したという親族女性。
 遺族側は「教務主任は携帯ラジオを体育館に持ち込んでおり、津波情報は容易に得られたはずだ。親族女性は(3階建ての)校舎に避難しようとしたが、校長に体育館に誘導された」と主張している。
 今年3月の仙台地裁判決は、担任教諭から同級生の親に引き渡された後に自宅付近で亡くなった女児の遺族の請求を認める一方、体育館内で死亡した高齢女性2人に関する請求を棄却。当時86歳の女性の遺族と市がそれぞれ控訴した。


2016年09月09日金曜日


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