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<3.11と今>生まれ故郷で再起へ

仮設店舗で刺し身を切る三上さん。細やかな注文や配達にも応じる=南相馬市鹿島区
店舗前で作業する三上さん。地元葬儀社からの仕出し注文なども売り上げの柱となっていた=2010年7月、南相馬市小高区

◎震災5年半 岐路に立つ(3)「三上魚店」三上隆さん=南相馬市

 街のにぎわいが戻るかどうかは分からない。でも、立ち止まっていても展望は開けない。「前に進むしかない」。そう思い定めている。
 福島県南相馬市鹿島区の仮設商店街で「三上魚店」を営む三上隆さん(54)。来春には生まれ故郷の同市小高区へ戻り、再び店の看板を掲げる腹づもりだ。
 東京電力福島第1原発事故に伴い、小高区は全域が避難区域になった。三上さんは家族と共に郡山市の親族宅などに身を寄せた。南相馬市に戻ったのは2カ月後。落ち着き先は原町区のアパートだった。
 父の店を受け継いだのは原発事故の10年ほど前だった。冬場は焼き魚や煮魚、夏なら刺し身がメイン。その日の食卓を想像し、相馬市の市場に仕入れに出掛ける日々を過ごした。「自分が選んだ魚を喜んでもらえるとやる気が出るんだ」

 仮設店舗の計画を聞き、迷わず申し込んだ。近くには小高の住民が避難するプレハブ住宅が並ぶ。2012年5月に店を開くと、かつてのお得意さんが足を運んでくれた。懐かしい笑顔、何げない会話がうれしかった。
 順調に客足を伸ばしたが、売り上げは最大でも以前の4分の1程度。刺し身や仕出し料理の落ち込みは取り戻せなかった。
 地域の鮮魚店にとって、お盆や田植えの季節は繁忙期の一つ。集まった親族に振る舞うため、刺し身を買い求める客が増えるからだ。だが、狭いプレハブ住宅に人を招くスペースはない。「住民の暮らしが戻らない限り、商売は元通りになれない」。仮設経営の限界を痛感した。
 今年に入り、近隣の仮設住宅の駐車場に空きスペースが目立つようになった。「早く帰りたい」「必ず戻る」。そう漏らしていた知人が、いつの間にか近隣自治体などに散っていった。
 仮設商店街は18年度いっぱいで解体される。入居期限に余裕があるとはいえ、昨年秋をピークに売り上げも鈍化している。「このままとどまっても先細りになるだけ」との思いは拭えない。

 南相馬市内に出ていた避難指示は今年7月、ほぼ全域で解除された。1万人を超えていた小高住民のうち、故郷に戻ったのはごく一部。市は「年度内に3000人」の帰還目標を掲げるが、地域再生の道のりは遠い。
 本格再開の準備は既に整っている。グループ化補助金を活用し、傷んだ内装を改修。ショーケースや冷蔵庫を新調した。投資は抑えられたが、事業を投げ出すことは許されない。「もっと多くの住民が戻ると予想していたんだが…」。再生の一歩に、商圏縮小という現実が重くのしかかる。
 水産業の行方も気掛かりだ。福島の漁業は試験操業にとどまり、市場に出回る地場の魚類、量は限られる。旬の食材を届けられるという保証はない。
 「正直、状況は厳しい。行商も考えなくては」。自らを奮い立たせるように、三上さんがつぶやいた。(斎藤秀之)


2016年09月09日金曜日


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