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<3.11と今>再び親しまれる店を

仮設店舗で接客する鎌田さん(左)=8月24日、宮城県女川町
震災前、女川湾の近くにあった店舗=2010年7月

◎震災5年半 岐路に立つ(4完)「高橋酒店」鎌田典子さん、高橋優さん=宮城県女川町

 宮城県女川町にある仮設商店街「きぼうのかね商店街」には、木造とプレハブの約30店舗が並ぶ。
 高橋酒店はその一つ。日本酒やたばこ、駄菓子などを取り扱う。観光客が酒を手に取り、地元の子どもがお小遣いを手にお気に入りの菓子を選ぶ。
 店を守るのは、同町で生まれ育った鎌田典子さん(52)。弟の高橋優さん(47)が店を運営する「高橋工務店」の社長で、建築業に精を出す。
 「ありがとう」というお客さんの言葉がうれしい。大きな声で笑う子どもを見るのが楽しい。鎌田さんは言う。
 「頼りにしてくれるお客さんがいる限り、女川で商売を続けたい。頑張りたくても、やむを得ず商売を諦める人もいるから…」
 高橋酒店の前身「たかはし酒や」は女川湾のそばにあった。創業約50年。祖父母の代に始まり、両親へと引き継がれた。船積み用や贈答用の飲食物などを販売する傍ら、祖父や父は大工として働き、地域に根付いてきた。

 あの日、一家は高台に逃げるなどして助かった。だが、店や事務所、住居は津波で流失した。
 町内では住宅約4400棟のうち、9割に当たる約3900棟が津波で被災した。生活再建のため町を離れる人が相次ぎ、人口は震災前と比べ3000以上も減った。
 きぼうのかね商店街は2012年4月にオープン。被災地の仮設商店街で最大級の約50店舗が軒を連ねた。
 高橋さんは仲間の大工らと共に、町内の災害公営住宅や自立再建住宅の新築、仮設住宅の修理などに奔走してきた。

 震災から5年半になるが、工務店や仮設商店の今後を考えると焦燥感が募る。
 「震災前は『何とかなっぺ』と楽観的に生きていた。震災後はずっと決断を迫られ、不安がつきまとって離れない」
 家族と仮設住宅で就寝中、苦悩のあまり目が覚める。みんなが家を建てた時、ピタッと仕事がなくなる。どう生きていくか−。
 心労が重なり、脳出血などで3度入院した。それでも、自分たちは仕事があるだけ恵まれている、と奮起する。
 顔なじみの一言が胸にこたえる。「あんたにとって私はお客さんの一人かもしれない。でも、私が頼れるのはあんただけだ」
 仮設商店街は来年9月に閉鎖される。高齢や後継者不在を理由に廃業する意向の店、将来を決めかねている事業者がいる。再建を予定する造成地の完成が、商店街閉鎖に間に合わない事業者もいる。
 鎌田さん、高橋さんきょうだいは町内で店の再建を目指す。
 高橋さんは、復興した古里の姿を見る前に亡くなった親友を想起する。「新しいまちづくりに向け、女川の人たちはそれぞれの業種や立場で頑張っている。今を大切に生きたい」
 工務店も酒店も住民に親しまれる存在。それを励みに自分たちもまた、新しい港町で踏ん張るんだと誓う。(水野良将)


2016年09月10日土曜日


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