岩手のニュース

<あなたに伝えたい>理髪店再建 長く愛されたい

本格再建した店で、仕事に打ち込む祥也さん

◎葛西祥也さん(大船渡市三陸町)伸光さんへ

 祥也さん 父や祖父は終戦後、家族でサハリンから曽祖父の出身地の越喜来地区に引き揚げ、祖父が「葛西理容所」を始めました。あごひげを生やし、地域の人々から「ヤギ床」と呼ばれ、親しまれていました。2代目を継いだ父もそう呼ばれていました。
 現役時代の父は、腕もさることながら人と話すのが好きで、お客さんと政治や世間話を楽しんでいました。ただ、人の悪口を聞くのはとても嫌いな人でした。
 重い病気があって引退したため、父と共に仕事をしていません。それでも、「丁寧な仕事をしろ」などと助言してくれました。
 地震の後、父はいったん自宅から外に出たようです。位牌(いはい)を取りに自宅に戻ったのかもしれません。行方が分からない中、2011年8月に葬儀をしました。
 その日の夜、地元で花火イベントがあり、父が気に掛けていた東京のおいやめいも一緒に見ました。父も草葉の陰から喜んでいたのではないでしょうか。
 店が被災し、やめようかなと思ったこともありましたが、父の友人が会社の一室を使わせてくれ、続けられました。仮設店舗で始めるに当たり、新たな気持ちで臨もうと「ヘアサロンカサイ」と店名を変更。14年4月、本格再建しました。
 店の看板には「ヤギ」のロゴマークを入れました。「日頃お世話になっている地域に貢献する」。父や祖父は、そう考えていたと思います。地域の人々に癒やしを提供し、長く愛される店にしたいです。
(日曜日掲載)

◎「ヤギ床」の愛称、話好きだった父
 葛西伸光さん=当時(71)= 大船渡市三陸町越喜来(おきらい)地区で、理髪店を継いだ次男祥也(よしや)さん(44)ら家族3人と暮らしていた。自宅兼店舗は東日本大震災の津波で流された。遺体は直後に宮城県の金華山沖で見つかっていたが、身元が判明したのは2012年2月だった。


2016年09月11日日曜日


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